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きみの家まで30秒  作者: 柏原みほ
高校2年『級友、それとも』
15/56

一緒にお弁当(火曜日)

 口を開けたまま無言で固まっている私に、数秒後深々と溜息を吐き出した。


「………ゴメン、やっぱ無し」


 項垂れて沈んだ声色を発した雄大の前に、震える箸で摘まんだ肉巻きを差し出した。


「……ハイ、…あーん」


 ……恥ずかしいッ!

 想像したよりも大分恥ずかしいそれに挫けそうになったけど、折角雄大がくれたきっかけを逃したくなくて、怖ず怖ずと彼の口におかずを入れた。

 何とか落とさずに食べさせられた事に安堵して、フーッと体内中の空気を吐き出した私に、雄大がモグモグしながら「サンキュ」とはにかんだ。


「アキラ顔赤い」

「だって恥ずかしいし!」

「おれも恥ずかしいっつーの」

「だったら言わなきゃいいのにっ」

「しょうがないだろ、したくなったんだから」


 肉巻きをゴクリと呑み込んで、少し拗ねた様子で横を向いた雄大に胸がきゅうんと締まる。


「……他のも食べる?」


 そんな雄大がもっと見たくて、ドキドキしながら差し出したお弁当と私を見比べた彼は「……じゃあ玉子焼き」と小さく言った。


「いいよ」


 食べ易いように箸で半分に割っていたら、暫くモゴモゴと口篭った雄大が「なあ」と呟いた。


「うん?」

「あの……さ」

「うん」

「………昨日の事は忘れろよ」

「……え?」


 フワフワした幸せ気分から一転、昨夜大泣きした事を思い出して、胸に重石がズシリと乗った。

 込み上げた何かで鼻腔が熱くなって、下唇をぎゅっと噛んで俯いたら、雄大がぎょっとして慌てて声を張った。


「なっ……何でアキラが泣くんだよ!」


 何でって!


「だってユータが電話切るから!」

「へ?」

「いつまで経っても帰ってこないし!」

「……や、えっと」

「藤咲さんとどっか寄り道でもしてたのっ?!」

「はア?」


 カーッと頭に血が昇って、思わず内心抱えてたモヤモヤをぶちまけてしまったけれど、雄大の呆れ声を耳にして一気に血が下がった。


 どっどうしよう。こんな事言うつもりじゃ無かったのに……!


「ゴメン、何でも無……」


 軽くパニックになりつつ、お弁当を放置して慌てて布団に潜り込もうとしたらぎゅっと手首を掴まれた。


「……何で藤咲とどっか行かなきゃいけないんだよ」

「だ、だって部活観に行って……」

「ああ、確かに来たよ。キャプテンを観に」

「……へ?」


 間抜けな声を出した私に溜息を浴びせて僅かに視線を逸らす。再び戻ってきたその視線に捉えられて瞳が逸らせない。掴まれてる腕も、見つめられてる顔も、限界まで熱い。


「っ……教室でも、あんな親しげにしてたじゃない……」

「気にしてた?」

「そりゃ……」


 心臓が壊れそうに跳ねて瞳が游いだ私の目前に、不意に雄大の顔が迫って……唇に温かいものが触れた。


「~~~ッ!!」


 顔中真っ赤に染めて目を見開いた私の腕を掴んだまま、横を向いて再び吐き出された溜息。


「昨日は、その……ちょっと頭冷やしてて……」

「え?」

「……結局冷えなくて、あんなグダグダになっちゃったけどさ……」


 ボソボソと呟かれるその言葉の意味が解らなくて、大量にハテナマークが浮かぶ。


「え、何の話?」


 数回の瞬きと共にキョトンと訊ねたら、雄大がガクリと項垂れた。


「……ッだからっ、格好悪いだろ! 守田に嫉妬してアキラに八つ当たりしてさ!」


 数秒後、ガバッと顔を上げた雄大が至近距離で吐露した本音に頭が追い付かず、「……へ?」と間抜けな声を返すと、彼が頬を染めて更に声を張り上げた。


「へ?じゃなくて! だから忘れろ!」


 嫉妬? 雄大が?

 それは私がするもので、雄大はいつだって余裕綽々(しゃくしゃく)で……

 でも、目前の雄大にはそんな余裕なんて1ミリも感じられない。

 え、ホントに? 私の事で雄大がヤキモチ?


「……ヤダ」

「はあ?!」

「そんな嬉しいこと忘れる訳無いよ」


 ドキドキしながら見つめて告げると、雄大の顔が更に染まった。頭を無造作にガシガシ掻いて視線を逸らす様にキュンとする。私の手首を掴んでいた大きな手は何時(いつ)の間にか掌へと移動していて、それからゆっくりと一本ずつ指を絡める様に繋がれた。

 生まれて初めてそんな風に繋がれた手に驚いて、その手を凝視する。それから徐々に恥ずかしさが全身に回って、熱い顔をそうっと上げると、間近で見つめる真剣な瞳と視線がぶつかった。

 雄大の頬も私同様に紅潮してたけど、今度は目は逸らされなかった。


「藤咲にはさ」

「……ッ」


 あまり聞きたくない名前から始まったその話は、どんな内容なのかと息を詰めた私に、少し口篭った雄大の言葉が続く。


「……バレてる」

「…………は???」

「だから……おれらの事」

「ええ?!」


 え、何? 雄大が言ったの?

 私の表情から心の内を読んだのか、少々口を尖らせながら「おれじゃねーよ」と否定した。


「……昨日さ……」


――あのさ、藤咲。おれ彼女居んだけど。

――え? 何? 改めて。高橋さんでしょー?

――えッ、な、なん……

――もしかしてぇ全然バレてないと思ってる? さっきから気にしてるのバレバレだよー?

――……ッ

――そんな気になるなら『他の男と話なんかすんな!』とか言って来ればいいのにぃ。

――……いや、それは痛いだろ……

――ええ~嘘ォ? あたしは三木センパイに束縛されたーい。「俺だけを見ろ」とか言われてみたーい。

――………そーかよ……

――ねー、坂井くんは束縛されたいヒト?

――は?

――カノジョもずっとこっち見てるよ? 気が気じゃ無いカンジ? 愛されてるよね~



 何か言いかけて黙ってしまった雄大に疑問符が飛ぶ。

 昨日が何?


「ユータ?」

「……要するにバレバレなんだよ」

「はあ?」


 要約する程の話を聞いてないけど!


「……なあ。どっちみちバレてんだけど、まだ隠したい?」

「……え?」

「おれは堂々と、アキラが彼女だって言いたいよ」

「……」


 じっと見つめられながらしみじみと呟かれて胸がきゅうっと締まった。

 どっちみち……そうだよね。保健室に来る時、クラス中の注目を浴びてしまったし、そのまま二人して2限目居ないとなれば噂の的にされるのは確実なんだから……


「……うん」

「うん?」

「いいよ、言っても……」

「え、やった。マジ?」

「うん……」


 これでいよいよ公認の彼女かと思うと、何だか凄く気恥ずかしい。


「じゃあ、このまま教室帰ろうぜ」

「……え?」


 一瞬何処かに飛んだ意識は、絡めたままの手の甲を彼の親指でスリスリされる事で現実に引き戻された。

 手、繋ぎっぱなしだった! しかも所謂『恋人繋ぎ』。

 ええッ! そこまでオープンにしちゃうの? 訊かれたら答えるレベルじゃないの?!


「えぇえ、ちょっ、ま待ってよユータっ」

「いいっつったろ、覚悟決めろ」

「まっ……ホラ、お弁当食べかけだしっ」

「もう昼休み終わるっつーの。諦めろ」


 言いながらバタバタと荷物を片付けて私をクイと引っ張った。

 そして、まるで手を放す気配の無い雄大に半ば引き摺られながら教室へと戻る道すがら、好奇の視線がサクサクと刺さる。


 知らない人でもこれだよ? 昼食は諦めるけど、これは諦めきれないって…!


 ジタバタと悪足掻(わるあが)きをする私に何度目かの溜息が落ちる。


「心配しなくても公衆の面前でチューとかしないって」

「あああ当たり前でしょ?!!」

「でっかい声出すなよ」

「ッ!!!」


 言った端から重なった唇に勢いよく湯気を噴いた。

 言葉にならずに空いた手でポカポカと彼を叩く私の手首を易々と掴んで止める雄大。


「っ痛ぇな。誰も居ないのは確認したって」

「ダメだって学校は!」

「……分かったよ」


 その返事にホッと安堵の息を吐いた私の耳元でボソリと呟いた。


「……じゃあ、帰ったら部屋に行く」

「へっ?」

「今まで我慢してた分、目一杯させて貰うから」


 ……って、えええ?! 何を?!


 予鈴が鳴り響く中、赤から青へと勢いよく顔色を変化させた私に、クスリと笑みを溢して教室へと歩みを速めた彼に、混乱する頭で只々追いていくしかなかった。



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