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きみの家まで30秒  作者: 柏原みほ
高校2年『級友、それとも』
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おんぶと誤解(火曜日)

 私が誰かに見られるのを恥ずかしがるから気を遣ってくれた……?

 ()り気無い優しさに胸がきゅうっと締まる。

 心地好い揺れに少し気分が(やわ)らいで、ハアッと息を吐き出した。


「気分悪い?」

「ううん……マシになった。……ありがと」


 そう言えば……小さい頃もこうやっておぶってくれた事があったな……

 幼稚園の年長組か、小学校に上がったぐらいだったと思う。

 転んで泣いた私に、先程と同様に「ホラ」って背を向けてくれた。

 当時、雄大は私より小さくて……ヨロヨロしながらも家まで送ってくれたっけ。


 思わずクスリと笑い声を漏らした私に「何だよ?」と怪訝な声を向けられた。


「ううん……昔の事ひとつ思い出した」

「何?」

「ユータが頼もしかったなあって思って」

「は?」


 少し荒く問い返されたその声に、照れ隠しが混じっているのが感じられて、再び胸がキュッと締まった。

 今はもう、よろめくどころか私を軽々と背負って歩く雄大が、心底頼もしいと思う。

 ……恥ずかしくて言えないけど。

 その代わりに、思っていたよりも広い背中に身体を預けて、体内で速く踊る鼓動に耳を傾けた。


「……ユータ……」

「うん?」

「……ありがと」


 熱っぽい息と一緒に耳元で呟くと、雄大がピクリと身を震わせた。


「……しっかり掴まってろよ」


 歩みを速めた雄大に、ちょっぴり淋しい気持ちが込み上げる。もう少し、こうしていたいのにな。でも既に2限目遅刻だし、少しでも早く教室に戻りたいよね……

 僅かに沈みつつ、考えている間に保健室に着いて、雄大の手によって扉がガラリと開けられた。


「センセー、病人ー」


 静かな室内に彼の声だけが響いて、直ぐに再び静まり返った。


「何だ、居ないのか……」


 私を背負ったまま辺りを見渡した雄大は、そのままズカズカと部屋の奥へと向かっていく。


「え? いいの?」

「いいに決まってるだろ」


 言いながら白いカーテンをシャーッと開けて、其処にあったベッドに私をそっと降ろしてくれた。


「寝てろよ」

「あ、うん……」


 返事をし終わるまでに雄大は、カーテンを元通り締めて、ガラリと扉を開けて外に出ていった。


 ………振り向いてもくれないんだ?


 ベッドの上にペタリと腰を下ろして、扉の音がした方向を見つめたまま身体が動かない。

 脈を打つ度に、ズキンズキンと痛む胸を握り締める事すらも出来ずに只、茫然と其処に座り込む。


 やっぱり……迷惑だったのかな。

 私の体調が悪い事に気付いた義務感で助けてくれただけで、心配とかそんなんじゃ無かったんだ……


「……ッ」


 先程までキュンと締まっていた胸は、息も出来ない程の痛みの渦に呑まれて、声にならない嗚咽が溢れた。

 熱い滴が頬を伝って、ポタリポタリとスカートに染みを作っていく。

 拭う気にもなれなくて流れるままに放っておいたけど、ふと扉が控えめに開く音が耳に入って慌てて瞼を擦った。

 きっと保健の先生が帰ってきたのだろう。一言伝えようと上靴を履きかけたら静かにカーテンが開けられた。


「……何だよアキラ、寝てろって言ったろ」


 雄大? どうして? 教室に戻ったんじゃないの?


 口を開けたまま固まった私の隣へと、ギシリと音を立ててベッドに腰を下ろした。

思わずビクリと身体を強張らせた私の顔を、まじまじと見て遠慮がちに言葉を紡ぐ。


「………泣いてたのか?」

「……」

「身体辛い?」


 そう言ってピタリと額に当てられた掌に、急激に熱が集まっていく。


「ちょっと熱いかな……?」


 それはきっと体調の悪さだけではなく、雄大に触れられたからだ。

 アワアワしている私の内心等お構い無しに、次の瞬間あろうことか掌の代わりに彼のおでこが私の額に……!


「きゃあッ」

「………そんな勢いよく下がらなくてもいいだろ」

「だ、だってっ」


 あまりにも突然のどアップに、限界まで締め付けられていた胸は、今度は上限一杯までドクドクと速いリズムを刻んでいる。

 何とか動悸を静めようと、必死で深呼吸をする私に、深々と溜息を放つ雄大。


「……悪かったよ、もう触ったりしないから」


 ……え?


「コレでも飲んで大人しく寝てろよ」


 ハイと渡されたペットボトルのスポーツ飲料を反射的に受け取ると、雄大が「じゃあな」と腰を浮かして、「そうだ」と何かを思い出した様に振り返った。


「今日保健医研修で居ないんだってさ。担任に言っといたから気にせずゆっくりしてろ」

「う、うん……」

「じゃな」


 再び告げて去り掛けた雄大のシャツの裾を、慌てて掴む。


「ま、待って」

「うん?」


 見上げた私は、小首を傾げた彼にじっと見つめ返されて、どうにも居たたまれなくなって俯いた。


「あ、あの……えっと……」


 思わず呼び止めてしまったものの、頬を染めた熱は衰える事の無いスピードで頭にまでも駆け上がり、脳内をぐるぐる回って思考を遮断してる。

 口篭ったその先を言葉にしようと奮闘するけど、焦れば焦る程まともな科白(せりふ)が浮かばない。


「……どした?」


 再度ギシリとベッドが鳴って雄大が其処に座る。

 そうっと顔を上げたら心配そうな雄大と目が合った。

 瞬間、本気で顔から湯気を噴いた私を見ていた雄大の瞳が游いで僅かに視線を逸らされた。


「……そんな顔すんなよ」


 そんな? って?

 相当赤いであろう自覚はあるけど、するなって言われても……


「触りたくなるだろ……」


 そうだ。そう言えばさっき「もう触らない」とか言った……?


「……ッさ触ってもいい…よ?」


 瞬間、ぎょっとした様に振り向いた雄大に身体がビクリと震えた。

 何か変な事言った?

 不安気に辺りを見渡して、何と無く白いシーツを撫でてハッとした。

 今って……ベッドの上で、二人っきりで……

 えええ?! 違う違う!


「あっあのッ! てっ手とか、ほっぺ、とか……」


 段々小さくなる声に反比例して、ドクドクと主張する鼓動の音が耳の間近で溢れてる。

 顔に血が昇り過ぎたのか、クラリと小さく目眩をおこして、体調の悪さを思い出した。


「あッおい!」


 傾いた私の肩を慌てて支えた雄大がそのままそうっとベッドに寝かせてくれた。


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