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きみの家まで30秒  作者: 柏原みほ
高校2年『級友、それとも』
12/56

保健室(火曜日)

「おはよー晶。珍しいね、予鈴ギりなんて」

「あー……うん、まあね………」


 教室に入って直ぐに声を掛けてくれた梅香に、何とか笑顔を向けると暫しの無言。


「……どしたの?」

「え?」

「ケンカでも……した?」


 梅香の科白に主語は無かったけれど、チラリと背後に向けられた視線からしても雄大を指している事は明らかだ。

 ケンカ? ケンカっていうか……


「ううん……」


 ……喧嘩にすらも成らなかった……

 シュンとして俯いた私に、梅香が困惑顔で口を開き掛けた時、辺りに響いたチャイム。


「あー、もう時間か……晶、後でゆっくり話聞くね」

「ありがと」


 心配してくれる梅香の気遣いが素直に嬉しい。

 このもやもやを全部吐き出してしまえば少しはスッキリするのかな。

 雄大を視界に入れながら自分の机に着席する間、彼とは一度も目が合わなくて、何度目かの重い溜息を机上に拡げる羽目になった。

 授業をぼんやりと聞き流しながら、右斜め前に座っている雄大の背中を時々眺める。

 自宅でも学校でも、届きそうで届かないこの距離は、まさに今の私達の間に横たわる距離だ。

 「恋人」というポジションに着いてから……何だかずっと、雄大が掴めない。


 机上に拡げた白いままのノートに向かって、先生にバレないように静かに息を吐き出した。

 きっと寝不足がたたっているのだろう。何だか胃が重い。頭も痛いし、全身が何とも言えず気だるい感じに包まれている。

 ……横になりたい。

 だけど授業中に堂々と手を挙げて保健室に行く勇気は無い。

 雄大ならきっと平然と告げて行くんだろうな、等と思って更なる溜息を重ねた。


***


 何とか授業を遣り過ごして、終わりの起立をしたら軽い目眩を覚えた。

 まだ1限が終わっただけなのに、こんな事で放課後まで持つんだろうか。


「高橋さん」

「あ……守田くん、おはよ」


 着席してフーッと息を吐いた時に話し掛けられて、気分の悪さを体内に押し込んで目の前の彼を見上げた。

 それに応えて「お早う」とにっこり笑った彼は、私の机に片手を着いて言葉を続ける。


「今日の図書委員会、放課後に図書室だって。筆記具持参」


 ……そう言えば委員会だっけ……


 守田くんの話を聞いて面白そうだと思ったものの、そこまで燃えている訳でもない委員の仕事は気が重い。

 そもそも、なけなしの気力と体力で放課後まで堪えられるかどうか……

 しかし、やはり行かないと断言する事は出来なくて、小さく微笑んだ。


「……うん、わかった」

「それと、昨日高橋さんが読みたいって言ってた本、持ってきたんだけどさ」

「アキラ」


 差し出された文庫本と守田くんの科白(せりふ)を遮って、いきなり横から割り込んだ雄大の両手が机上に乗った。

 あまりに突然の事で暫し口を開けて固まってしまったけれど、数秒後ハッと気が付いて手の主に視線を移した。

 幾ら何でもそれは守田くんに失礼じゃない?


「ちょっ……ッ!!」


 雄大を見上げて言い掛けた「ちょっと待って」は、不意に彼の掌を額にピタリと当てられた事により、口から発せられずに息と共にゴクリと呑み込んだ。


「ッ……ゆユータ、あの…っ……!」


 触れられてるおでこに、熱が一気に集まって湯気を噴きそうだ。

 アワアワしながら発した声は、自覚がある程に震えている。


「行くぞ」


 そんな私に全く構わず、雄大は私の右手首を鷲掴んでグイと引っ張った。


「ちょっ、何? 何処に?」

「保健室だよ、朝から具合悪いんだろ」

「!」


 知ってたんだ? 一度も目なんて合わなかったのに……


「悪い守田、コイツ委員会出れないかも」

「あ、ああ……高橋さん大丈夫?」

「とりあえず保健室連れてくからセンセーに言っといて」


 返事をする間もなく、守田くんに告げて再び私を引っ張る雄大に、慌てて声を掛けた。


「ユータ、あの私っ一人で行くから……」

「フラフラしてるくせに何言ってんだよ」


 有無を言わせない雄大に、それ以上反論できなくて言葉を呑み込んだ。

 それに、手を繋がれたのは久し振りで鼓動が速くなる。

 手、っていうか手首だけど、それでもギュッと握られるとドキドキしてどうにも落ち着かない。

 クラスの皆の視線も感じて、益々激しい動悸が全身を巡る。


 引っ張られるまま、少し速足の雄大に頑張って追いていっていたら、教室を二つ程過ぎた所で目前がクラリと霞んだ。

 (もつ)れた脚と、傾いた身体を自覚して、次に訪れるであろう痛みを覚悟して固く目を瞑る。


 ……あ、れ?


 (したた)かに廊下に打ち付けられると思ったのに衝撃が来なくて、そうっと瞼を開けると目の前に白いシャツの襟元。


「大丈夫か?」


 頭の直ぐ上から降った声に驚いて見上げると、間近に雄大の顔が在って、考える(いとま)も無く顔から勢いよく火を噴いた。

 一瞬息を呑んだ雄大にフイと顔を逸らされて、抱き寄せられる様な格好で支えられていた身体が、雄大の腕の長さ分程そうっと離された。

 密着してちょっと嬉しいだなんて思ってしまったのは、やっぱり自分だけだったのか。


「……ご、ごめんね……ありがと……」


 ズキズキと痛む胸の上で、両手をぎゅうっと握って漸く出した声は、語尾が涙で滲んだ。


 泣きたくない。どうか気付かないで。


 漏れてしまった涙声が、辺りに響くチャイムに紛れて欲しいと願いつつ、掠れ気味の声を絞り出す。


「もう……戻っていいよ。一人で行ける……」

「おれ邪魔?」

「え? そ、そっ…いう事じゃなくて、チャイム鳴ったし、2限目が……」


 慌てる私の科白なんて全く聞こえていないかの様に、ふと背を向けて其処にしゃがむ雄大。


「ホラ」

「へ?」

「乗れよ」

「ええッ」


 その格好はどう見てもおんぶ。

 廊下の真ん中で背中に乗れって言うの?! 無理無理無理!

 後退(あとずさ)る私の手首を再びグイと引いて、ドサリと彼の背中に着地させる。


「もう授業始まったんだから誰にも会わねーだろ」


 ボソリと呟いた雄大がひょいと立ち上がって歩き出す。

 確かに、2年の教室は通り過ぎたし、保健室までは廊下と昇降口が在るだけで人気は無いだろう。



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