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きみの家まで30秒  作者: 柏原みほ
高校2年『級友、それとも』
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思い出話(月曜日)

(もうそろそろ帰ってきてもいい頃なんだけど……)

 机の上に何と無く課題を拡げて、カーテンの隙間からチラチラと窓の外を窺い始めてから約1時間が経とうとしている。

 とっくに部活は終わっている筈なのに。


 いつまで経っても点かない、向かいの窓の照明が気になって課題どころじゃなくて、シャーペンの芯を出したり入れたり、ノートをコツコツ突ついてみたり。

 「今どこ?」とかメールしてみようか。

 携帯を開いて新規メールを作動するけど……何を書こうか躊躇って溜息と共にパタンと閉じる。

 今までそんな干渉した事無かったのに、何処? なんて訊いたら……やっぱり退いたりするんだろうか。ウザイとか思われたら……

 答えの出ない堂々巡りの考えに深い溜息を重ねる。

 以前なら何も気にせずメールぐらいさっくりと送っていたと思うのに、どうにも払拭できないネガティブな思考に全身を支配されて行動に移せない。

「あー……」

 コテッと机に突っ伏して思わず漏れた声は、語尾が溜息で掠れた。

 同じ教室で、机何個か分の距離に居たのに……雄大が遠い。

 ユータのバカ。藤咲さんばっか見てないで、こっち見てよ。

 ……でも、あんなにも素直に好意を示せる彼女が少し羨ましい。

 どうしても素直になれなくて可愛くない事しか言えない私より、やっぱり彼女の方がいい……?

 脳裏を掠めた考えに、胸がズキンと悲鳴を上げて、目頭がじんわりと熱い。

 藤咲さん……バスケ部の練習観に行ったんだよね? まさか、そのまま二人で……

 更に進んでしまった嫌な考えに慌てて頭を左右にブンブンと振った。

「絶対、私の方がユータのこと……」

 呟いて身体の芯から頭の先へと熱が駆け昇る。

 誰も聞いていないのに、語尾に続く筈だった「すきなのに」は声に出せずに口篭った。


 熱い頬を机にペッタリと付けて何度目かの深い溜息を吐き出した時、隣家のカーテンの隙間から照明が漏れているのが目に入ってガバッと身体を起こした。

 帰ってきたんだ? 思わずそわそわと立ち上がってカーテンの端をそっと捲る。

 幾ら近いとは言え、手を伸ばしてノック出来る程の距離でもなく、気持ちを持て余して軽く握った拳で空気を何度か叩く。

 以前、雄大は定規を出してきて私の部屋の窓をノックした事があったけど……

  ああでも、ノックしたところで何を言えば良いんだろう。委員……の話は墓穴を掘りそうで怖いし。ここはひとつ思いきって「同じクラスになれて嬉しい」とか? ……でも、窓トントンでいきなりそれってどうなの? 流石に脈絡無さすぎだよね……

 何とか()り気無い話題の切っ掛けが無いかと考えつつ窓の前でウロウロして、バクバクしながら携帯を開いた。

 震える手で雄大の番号を探して大きく息を吸い込んで。

 その空気を体内に留めたまま通話ボタンをエイッと押して、耳元に流れるコール音に神経を集中させる。

 1回……2回……

 回数に比例して、ドクンドクンと大きく響く鼓動を身体中に響かせながら、カーテンをそっと開いて窓に向かって立った。

『………はい』

 受話器から聞き慣れた声が小さく聴こえたと同時に、向かいの窓のカーテンがシャーッと開かれる。

「……ッ!」

 その姿を一目見て慌てて窓に背を向けた。だって、だって雄大は……

『……何だよ』

「ちょっ……! ふ、服着てよッ……!!」

 裸だった。いや、下は穿いてるけど。

 スウェット地のパンツ1枚の格好で、肩から掛けた白いタオルで濡れた髪を無造作に拭いていた。

 どう見ても風呂上がり。

『今更? 見慣れてるだろ』

「え?!」

『一緒に風呂も入ったじゃん』

「そっ……んなの幼稚園に入る前じゃない……!」

『小学校ん時も一緒にスイミングスクール通ったしさ』

「……昔の話だよ」

『……まーな』

 それっきり会話は途絶えて無言が流れる。この状況をどうしようかと迷って振り向こうとしたら通話口から漏れた深い溜息。

『……あの頃は良かったよな』

(……え?)

『毎日、日が暮れるまで一緒に遊んでさ。二人で悪戯して親に怒られて』

「……」

『下らない事でケンカばっかしてたよな』

「うん……」

 突然始まった思い出話の意図が掴めなくて、曖昧に相槌を打ったら再び沈黙に包まれた。

『でも、毎日腹痛くなるほど笑ってた』

「……」

『もう無理?』

「え?」

『守田には笑っても、おれにはもう笑ってくれない訳?』

「……ッ」

 不機嫌の混じった切ない声で紡がれた科白(せりふ)に慌てて振り返った時には、既にカーテンは締められていて、通話口からは無機質な機械音が規則的に流れていた。直ぐに掛け直したけれど、携帯の電源を落とされてしまったらしく繋がらない。

 ……嫌だ。違う。笑わないんじゃないよ。笑えないんだよ。雄大の顔見ただけでバクバクし過ぎて、いっぱいいっぱいになっちゃって……!

 心の内で叫んだ科白は、言葉にならずに嗚咽(おえつ)となって漏れた。

「……ひ…ッ…ユータぁ……」

 携帯を握ったまま床に両手を着いて項垂れると、頬を濡らした雫がカーペットにも幾つも染みを作っていく。

 何で? 何でこんな事になるの? 「あの頃は良かった」って……やっぱり私と付き合った事を後悔して……

「……ッ」

 押し潰されそうな胸の痛みに声も出せずに(うずくま)って、泣き濡れた顔を両腕に埋めた。

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