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きみの家まで30秒  作者: 柏原みほ
中学生編
1/56

身近な存在 1

 生まれた時からずっと一緒だった。


 そこに居るのが当たり前だったんだ。

「アキラ!英語のノート貸して!」


 元気いっぱい廊下側の窓を開けて覗いた顔に溜息。


「ユータ……朝っぱらからそれ? おはようとか言えないの?」

「ああ、おはよ。ノート」


 にっこり微笑んで手を出されて溜息。


「何か奢ってよね」

「ブタるぞ」

「チビに言われたくないわよ」

「るせぇ、お前よか1cmも高いぞ」

「1cmで威張んないでよ」

「高校入ってスゲー伸びてから後悔しても遅ぇぞ!」

「なんで私が後悔しなきゃいけないのよ」

「いいからノート」


 もう、と零しながら差し出した英語のノートを引ったくって満面の笑み。


「サンキュ!帰りに肉マン奢る!」


 それは、校内で可愛いと評判の、奴の最大の武器。

 誰にでも惜し気無く振り撒かれるその武器は今、廊下を通る女子達に向けられている。


「ユータくん、おはよ〜」

「おー、おっはよ」


 ノートという目的を達成したら、もう私に用は無いらしく、完全に背を向けて愛想を振り撒いている。

 そんな奴の背中に何度目かの溜息を吐き出した。


「……いーなー晶。ユータくんとデート」

「梅ちゃん、バカ言わないで。あれは只の幼馴染み」


 前の席から振り返って、両手で頬杖ついてニコニコ笑う梅ちゃん…小谷梅香に尽きる事の無い溜息を浴びせる。


「……だいたい、あんな軽い奴は論外。私はもっと落ち着いたオトナが好きなの」

「えー? お似合いだけどなあ?」

「どこが?」

「毎朝楽しそうにじゃれてるじゃない」


 戯れてない。

 断じて戯れてない。


 ……あいつが必要なのは答えの書かれたノートであって私じゃない。

 自分の思考に胸の奥底がツキンと小さく痛んだ事に気付かない振りをして、恋バナの予感に瞳をキラキラさせてる梅香から僅かに視線を逸らす。


「ノート借りに来るだけじゃない。うちのクラスの方が授業進んでるから。予習するのが面倒なんでしょ」


 ついつい早口な私の肩を梅ちゃんがポンポンと叩いた。


「照れない照れない」

「……照れてないって」


 そう珍しくもない、いつもの朝の光景。


 ユータこと、坂井雄大(さかいゆうた)は私、高橋晶(たかはしあきら)のお隣さんで。

 生まれ月も同じで…私の方が10日程早く産まれたんだけど…お互い一人っ子だから物心つく前からよく一緒に遊ばされてた。

 だから、キョーダイみたいなもので。


 それ以上でもそれ以下でも……ない。


「えー?でも、ユータくんは晶に気があると思うけどな?」


 さらっと言われて、別に何も口にしていないにも拘わらず咳込む私。


「…な、なっ…!」


 ほよよんと柔らかく笑った梅ちゃんはそんな私に構わず続けた。


「だって、イジメるのは晶だけだもん」

「……キョーダイ喧嘩?」

「そんなコトないよ。いくら幼馴染みだからって毎朝構いに来ないって」

「……」

「晶も、ホントはスキなんでしょ?」


 訪れた沈黙と、廊下から響くユータと女の子達の楽しそうな声。


「…梅ちゃんの勘違いだよ、只の幼馴染み。…あいつだってそう言ってたし…」


 本当は、梅ちゃんの言う通り、ちょっぴり意識した時期があった。

 雄大とは、小学校の頃からクラスも重なる事が多くて……2年前、中1の時も同じクラスだった。

 その1学期が終わる頃、ある日うっかり忘れ物をして教室に戻った時に聞いちゃったんだ。

 ドアを開けようとした私の耳に飛び込んだ言葉。


「……なあ、坂井、お前高橋と付き合ってんの?」

「アキラ? いや?」

「そーなんだ? スゲー仲良いからてっきり」

「……只の幼馴染みだよ」


 会話はまだ続いてたみたいだけど、そのまま踵を返して逃げた。


 ……そんなに好きだった訳じゃない……


 そう思うのとは裏腹に頬を濡らすモノ。

 解ってた。

 幼なじみ以上で無い事ぐらい……


 ……それっきり、ちょっぴり抱いてた恋心には蓋をした。

 あいつを好きだなんて、きっと一時期の気の迷いだし。


「……しっかし、ユータくん人気あるよね〜」

「……そーね」


 梅ちゃんの話に適当に相槌を打つ。


「昔っから、上級生のおねーさん方とかさ」

「……うん」


 ちょっぴり沈んだ声を発して視線を逸らすと、梅ちゃんは、一瞬の間を置いて呟いた。


「……でもさ」


 梅ちゃんに視線を戻すと彼女は、ふっと微笑んで言葉を繋いだ。


「……特定の彼女の噂は聞いたコトないよ」


 ……言われてみれば、私も聞いた事がない…

 思わずまじまじと梅ちゃんを見つめると、おでこをツンと突つかれて。


「……だから、やっぱり本命は晶だと思うな」


 そこで担任が来たので、その話はそこで途切れてしまった。

 ……私があいつの本命…?

 そんな訳ない。

 だって、はっきり聞いたんだもん。

 只の幼馴染みだって。


 結局、そんな事を考えてぼんやりと授業は終わり、昼休み。

 自分の席でお弁当を食べ終えて、傍の窓を少し開けたまま梅ちゃんと談笑していると、不意に廊下側から声を掛けられた。



「……あの、高橋さん……ちょっといい……?」


 この人、確か雄大と同じクラスの……

 きょとんとした私に梅ちゃんが、手を小さくいっぱい振ってる。


「……う、うん……?」


 突然の事に緊張しつつ、立ち上がって彼の後に付いて歩いて行った。



 その数分後、同じ場所から覗いた雄大がキョロキョロ。


「……あれ? アキラは?」

「落ち着いたオトナと一緒」

「……は?」

「……なんて言ったっけ、ユータくんと同じクラスの、こう、背が高くて大人っぽくて……」


 梅香が、名前の思い出せない彼を雄大に説明している頃、私は屋上に居た。


「……高橋さん、ごめんね急に」

「……あ、ううん……」

「……今日は風もなくて暖かいね」

「……うん」


何だろう……

このシチュエーションって、やっぱり……?


「……あの……高橋さんって……」


 彼が頭を軽く掻いて遠慮がちに問い掛ける。


「……坂井と付き合ってんのかな…?」


……来た!?


「……う、ううん」


 否定すると、目前の彼がホッとした様子で柔らかく微笑んだ。


「あ、俺……前から高橋さんの事いいなって思ってて……」

「……」

「……良かったら、俺と付き合って貰えないかな……?」


 ……うわ、ドキドキした。

 人生初告られ。


 返事は今度でいいと言われて、訳もわからずお礼を述べて降りて来た。


「あ、晶。おかえり〜」


 手を振る梅ちゃんに曖昧に微笑んで席に着いた。

 ぼーっと座る私の顔の前で、「おーい」と手をヒラヒラさせてる。


「晶〜?」

「……」

「ね、さっきの、えーっと……守田くんだっけ?」

「……うん」

「ね、ね、何だったの?」

「………告白された」

「ホント? やった!」


「……はいよアキラ、ノート!」


 梅ちゃんが弾んだ声を上げた途端、窓から覗く影。


「……ユータ……」

「……何、守田の奴、お前に告ったの。うーわ、物好きー!」

「何よ、勝手に聞かないでっ」

「アキラのドコがいーのかな?」


 視線を逸らしたまま心底呆れたように言われてムッとして睨んだ。


「……ユータには関係ないでしょ」

「そーかよ」

「守田くんってオトナだよね〜。優しいし、背高くてカッコいいし、ユータとは大違い」

「………悪かったな」


 ボソッと呟いたかと思うと、持っていたノートが机に叩きつけられた。

 派手な音が教室に響く。

 ついでに窓も派手な音をたてて閉められた。


「……何なの……!?」


 ホント訳わかんない。

 ケンカ売ったのはそっちじゃない。

 全く、子供なんだから…!


 苛立ちの隠せない私に、何故かクスッと笑う梅ちゃん。


「……もう! 何なの、アイツ!?」

「ヤキモチじゃない?」

「まさか」

「だって、守田くん褒めたら相当ムッとしてたもん」

「……」


 ……そう……なの?

 いやでも、まさか。

 雄大が私に、ヤキモチなんて妬く訳……


 考え込むうちにチャイムが鳴って、午後の授業が始まった。




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