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百花繚乱!  作者: 紫陽花
9/9

終章 月と桜を見ながら・・・

 合同練習初日の深夜。

 寝付けないキキコは部屋を抜け出し、鳳凰堂学院のある一角にいた。

 そこには大きな桜の木があった。樹齢は百五十年くらいの大きな桜の木だ。桜並木とはまた違った風情と貫禄をその木は持っている。

 キキコはたっぷりと桜の木を堪能した後、夜空に視線を向ける。空には満月があった。澄み渡った夜空にあるそれは淡い光で地上を優しく照らしている。

 そちらも楽しく堪能してから、キキコは途中で勝った炭酸ジュースを開封する。開ける音が静かな夜に大きく響き、ほんの少しだけ静寂を破る。封を切ったそれを少し煽り、満足そうに息を吐いて呟く。

「桜と月を見ながらの一杯――菊に盃が優遇される理由も分かる気がするね」

「――ひょっとしたらこの光景みたいに絵になっていたからかもしれないわね」

 不意に声がした。

 キキコが声のした方に顔を向ければ、そこにはパジャマにカーディガンを着たアンネローゼがいて、キキコの方にゆっくりと歩み寄ってくる。

「それにしても本当に絵になるわね。声をかけようか躊躇ったくらいよ」

「それ褒め過ぎ。割とよく言われけどね」

「当然よ。キキコは間違いを犯したくなるくらい美人だもの」

「私はノーマルですよ?」

「安心して。私もノーマルだから。心配なのは紫や満ね」

「それなら平気だよ」

 その即答にアンネローゼは唖然とし、

「……まさかの返答ね。ちなみにどうして?」

「ゆかりんとミッチーの事が大好きだから」

「友達以上?」

「将来的には九条家か五光家のメイドさんになりたいくらいには」

「相思相愛ね」

 アンネローゼは残り一メートルくらいのところで足を止め、

「それなのにあんな事しちゃうのね?」

 変わらない口調でそう言った。

 会話が途切れ、沈黙が訪れる。

 キキコはジュースを一口飲んでからすっ呆ける。

「あんな事、というと?」

「手加減を続けている事よ」

 アンネローゼの声が剣呑なものに変わった。

 意図を分かりつつ、それでもキキコはすっ呆ける。

「感覚が戻らなかっただけだよ」

「それはないわ」

「言い切ったその心は?」

「紫と満がその事で怒らなかったからよ」

「怒らない?」

「頼まれたのよ。貴女の事をあの二人に」

 その言葉でキキコはアンネローゼがここにいる理由を大体察した。その一方で紫や満を騙させているという実感を得て安心し、そして罪悪感がまた募った。

「――証明はまだ必要かしら?」

 こちらの心を見透かしたようにアンネローゼは言ってくる。

 キキコは深い吐息を落として言う。

「……部長は驚かし甲斐が無い人だね」

「認めるのね?」

「退部しろと言われたら堪りませんから」

「そんな事はしないわよ。脅そうとはしたけどね」

「脅す?」

「これ、返しておくわ」

 そう言ってアンネローゼは何かを放ってきた。キキコはそれを一瞥し、ぎょっとしてしっかりと掴み取った。放り投げられたのは、紫と満から預かっている菊に盃が収まっているロケットネックレス。キキコはアンネローゼを睨む。

「そう怖い顔しないでよ。折角の美人が台無しよ?」

「……思い出の品をないがしろにされて怒るなという方が無理な話だけど?」

「そうね。その事は謝るわ」

 でも、とアンネローゼは一度言葉を区切り、

「貴女がしている事は今あたしがした事よりも酷い事よ?」

「――――」

 返す言葉も無く、キキコは沈黙を返した。

 五秒ほど後、アンネローゼが口を開く。

「それで? 何であんな事を? 返答によってはお姉さん許さないわよ?」

「他言無用と約束してくれるなら」

「内容によるわね。許容出来るレベルだったらそうするわ」

「そうでなかったら?」

「貴女に本当の事を打ち明けるように勧めるわ」

「……厳しい人だね」

「両親から優しいだけの人間になるな、って言われているのよ」

「良いご両親だね?」

「自慢の両親よ。それで? いい加減話してくれるかしら?」

「急かさなくても話しますよ」

 キキコはそう言った後、ジュースを一口飲んでから理由を話した。

 話を聞き終えた鶴賀はしみじみと頷いた後、

「……貴女、どれだけドッキリ好きなのよ?」

 心底呆れながらそう言った。

 キキコは苦笑を返す。

「何処かの誰かさんのせいで、最初に考えていた方が予定通りに成功しなかったからさ。だからこんな事を考えてちゃったのかも」

「え? 嘘……この状況ってひょっとしてあたしのせいなの?」

「ひょっとしなくてもそうだよ」

「嘘、マジ? いやでも、あれは仕方なかったというか、偶然というか……」

 先ほどまでの凛々しさは何処へやら。鶴賀はてんやわんやになる。

 見ていて申し訳なくなったのでキキコは助け舟を出した。

「嘘。冗談だよ、部長。真に受けないでよ」

「へ? あっ……こ、この! お姉さんをからかっちゃ駄目でしょうが!」

 きょとんとしたアンネローゼは、要領を得たかと思えば、怒り始めた。

 そんな彼女を尻目に、キキコは話を戻す。

「それはそれとして、これは許容出来るレベル?」

「え? あー、微妙なところね。まあでも……」

 アンネローゼはぶつくさ言いながらも踵を返した。そして続ける。

「面白そうだから黙っといてあげるわ。その代わりやるからには徹底的に騙し続けなさいよ? さもないと貴女がドSだって事皆に話しちゃうから」

 そう言った後、「風邪ひかないように」と付け足して何事も無かったように校舎に向かって歩き始めた。

 食えない人だな、と思いつつ、キキコは月と桜の下でジュースを飲んだ。

その時、風が吹き、桜が吹雪となって宙を舞った。

 応援された気がして、キキコはより一層やる気を出した。

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