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百花繚乱!  作者: 紫陽花
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第一章 生徒会役員披露会のひと時

 夢園学園の体育館にて。

『――えー、これより生徒会役員披露会を始めたいと思う』

(この行事って必要なのかなー)

 司会を務めている校長の前置きを聞きながら、キキコ・フランクールはそんな事をぼんやりと考えながら披露会の終わりを待っている。

 入学式やら身体測定が終わり、生徒会役員披露会及び部活動見学会が行われるこの日、部活動見学会を楽しみにしているキキコにとっては、必要だとは思うものの、恐らくこういう席でしか顔を合わせないだろう生徒会役員の紹介など苦行に等しい。そういうものがあるというのは知っているし、こういう催しが必要なのも分かるが、だとしても不要だなとつくづく思ってしまうのだった。

 それは大多数の学生が思っている事だろうが、キキコがこれから通学する事になる夢園学園というのは、そういうのを重んじる学校なのでどうしようもない。

 何故ならば、この学園は日本特有の文化を学ぶために様々な国にいる日本大好きな投資家や資産家といった富裕層が、自分達の子供に安全に日本の文化を学ばせたり、触れさせたりするために結構な無理をして創立された学校だからだ。

 こんな動きがあるのは、日本の世情が変化した事が起因している。和の要素の減少を儚んだ現総理大臣・古城好夫の【温故知新政策】によって最初こそ不満や反発があったものの、今ではよく言う「古き良き」と言われていた時代の様々な事柄が見直されたからだ。その上で近代的な物との調和を図られているので、現在においては袴や着物姿で出歩く者が増え、近代的デザインの凧や独楽といった玩具で遊ぶ子供達が三箇日以外にも見られるようになっている。

 こんな世情になってので日本文化大好きな富裕層として堪らず、各親御さん方は自分の子供に日本文化の素晴らしさを現地で学ばせたいと考えたのだが、しかし留学させるのは不安だという過保護な親心が相成った結果、もう金と権力に物言わせてそういう施設を作ってしまおう、という突飛な結論に至って作られたのが留学生の受け入れに特化された教育施設・夢園学園なのである。

「(キキコさん)」

 女子に小声で話しかけられ、キキコは声の主の顔を見る。

 声をかけてきたのは、艶やかな黒髪に黒真珠のような黒の双眸を持ち、日焼けした褐色肌の大人しそうな少女。キキコは周囲をざっと見渡してから答える。

「(別にいいけど、注意されないかな?)」

「(その時はその時と考えましょう。少なくとも退屈は紛れます)」

 ごもっともである。納得してキキコも腹を決める。

「(いいよ。何話そうか、ディヴィヤさん)」

 少女はディヴィヤ・ラジクマリといって、キキコのクラスメイトである。クラスメイトの顔合わせの際に家庭の事情に関してクラスメイトから質問攻めにされていた際に場を収拾してくれた事で仲良くなり、まだ知り合って日は浅いがお互いに一緒になって行動する事が多い間柄になった。

「(そうですね……。――では、部活動についてはいかがでしょうか?)」

「(いいね。じゃ、早速――何処を見学しに行くかは決めているの?)」

「(魅力的なところが多くて迷っています)」

 嬉しいため息をつくディヴィヤ。

 キキコは朝の内に配布された部活動一覧表の内容を思い出しながら、

「(茶道に華道、書道、舞、能狂言――ここまで特化されているとなると個人的にはやり過ぎとは思うけれど、他の人達はそう思わないものなのかな?)」

 キキコは凝り固まった首筋をほぐすという振りをしつつ、周囲をざっと見渡す。視界に飛び込んでくるのは国籍にまるで統一性が無い事が一目で覗い知れる生徒達の顔ぶれ。多国籍学園という別称で呼ばれているのは伊達ではない。

「(キキコさんがそう思うのは、生粋の日本人であるお母様から色々学ばれているからだと思います。生粋の日本人が身近にいて羨ましいです)」

 大多数が生粋である中、キキコは少数派のハーフ及びクォーターに分類される。そのため、親の影響で日本が好きになった人だらけなので身近に学べる環境があり、それを教えてくれるのが身内なので羨望の眼差しを向けられる事が多々ある。とは言っても、フランス人である父親似のキキコは、異国の地が明らかに混ざっている外見なので「ハーフ」だと言っても信じてもらえない事がままある。

「(時にそういうキキコさんはどうなのですか?)」

「(私? 私は決まっているよ)」

「(まあ。――あっ、ひょっとしなくても花札部でしょうか?)」

「(そ。意外?)」

「(自己紹介の時に病的に好きと聞きましたからそこまでではありませんが、意外と言えば意外です。何だかんだ言いつつも吹奏楽だと思っていたので)」

 ディヴィヤがそういうのは、キキコの父親が世界的に有名な音楽家だからである。質問攻めにあったというのもそういう人物が父親だからだ。

「(理由を聞いてもよろしいでしょうか?)」

「(吹奏楽みたいな音楽系の部活に入らない理由?)」

 首肯するディヴィヤ。

「(音楽も好きだけど、それ以上に花札の方が好きだからかな)」

「(病的に、と自称するだけの事はある清々しさですね)」

 呆れと感心が入り混じった風情で言うディヴィヤ。

 その時、壇上から凛とした女声が響いてきた。

『――そこの一年生二人、最前列でお喋りとは随分と度胸あるわね?』

 不意打ちに二人は驚き、恐る恐る声の主を見る。

 すると、短髪で利発さに拍車がかかっている金髪碧眼の少女と視線がぶつかり、二人はすかさず頭を下げる。それを受け、少女は苦笑を浮かべた。

『やましいと思っているならいいわ。でも、注意はしておくわね。退屈なのはこちらも重々承知しているけれど、だからってこういう席で小声とは言え、お喋りは良くないわ。相手に対して失礼だもの。その辺分かるわよね?』

 顔を上げた二人はしっかりと首肯した。それを受け、少女は笑みを湛える。

『良い返事ね。じゃ、あたしで最後だからもうちょっと付き合ってね』

 二人を注意した少女は、一度咳払いして続ける。

『というわけで、名乗るのはこれで二度目になるけれど、形式だから勘弁してくれると助かるわ。改めまして、アンネローゼ・バイルシュミットよ。出身はドイツ。一年生の皆とは短い付き合いだけど、縁が合った時はよろしく』

 一度目は入学式の際に在校生代表として挨拶した時だ。キキコとディヴィヤが揃って驚き、頭を下げたのはアンネローゼが生徒会長だと知っていたためだ。

 静寂の中、アンネローゼの挨拶が続く。

『それでもってまずは生徒会からのお願い。困った事や設備に関する不満みたいな事があった際には遠慮無く生徒会を頼ってくれると嬉しいわ。お互いに協力し合ってこの学園をよりよい空間にしていきましょう。でも、言わなくても分かるだろうとは思うけれど、酷く無茶な要求や個人レベルでも十分解決可能な問題には耳を傾けない事を予め言っておくわ。その辺肝に銘じておいてね』

 そんな注意は要らないだろう、とキキコはふと思ったが、少し考えて生徒全員が人格者であるかどうかは生徒会長からすれば分からず、人格者でない者の中には親の権力を我が物顔で使う人もいるかもしれないから、そういう人達に対する注意という名の先制攻撃なのかもしれない、と考えを改める。

 そうこうしている間にも、アンネローゼは言葉を紡ぐ。

『最後に先輩として一つ注意。これから部活動見学会が始まるわけだけれども一年生の皆、くれぐれも後悔だけはしないように心がけて。たった一度の人生においてたった一度の高校生活。そんな貴重な時間を無駄にするのは大金をドブに捨てるようなものよ。いい、皆? 後悔は先に立ってはくれないわよ?』

 全てを言い終えたのか、アンネローゼは司会の校長を見る。

『校長先生。閉会の方をお願いします』

『おう。それじゃあ、一年生は速やかに体育館を後にしてくれ』

 それを受け、各クラスの担任が自分のクラスに指示を飛ばし、一人、また一人と一年生達は体育館から退場していった。



「――案の定、怒られちゃったね?」

 体育館から教室に戻る道中、キキコはディヴィヤにそんな話題を振った。

「仕方ありません。怒られて当然の事をしていたのですから。それに退屈が紛れるという目的は果たせましたから結果オーライ、というところでは?」

「確かに。それにしても生徒会長格好良かったよねー」

 キキコは先の光景を思い出しながらうっとりと言った。堂々としていながら優雅であり、しかし高圧的な感じはまるでせず、型通りの言葉だと言うのに不思議と聞き惚れてしまう演説。演説というものを何度か聞く機会があったが、彼女の演説は退屈さをまるで感じさせないほど素晴らしい代物だった。

「ええ。同性ではありますがときめいてしまいました……」

 同じ気持ちなのか、ディヴィヤもうっとりしながらそう言った。

「あ、私も。ま、あれだけ格好良いと仕方ないよねー」

「生徒の質がそれだけ良いという事の証明なのでしょうね」

「政治家と民衆のレベルは同じという話だね。まあ何にせよ、あんな風に言われたらきちんと考えないといけないな、という気持ちになるよね?」

「ですね。でも、キキコさんは部活に関しては平気なのでは?」

「いや、それがそうでもなかったりするの」

「と言いますと?」

「さっきはああ言ったけどさ、音楽の事ももちろん好きだからだよ。中途半端は駄目だと親から言われているから花札に集中したかったけど、ああいう事言われてしまうとどうしようかなー、と揺らいでしまったってわけ」

「なるほど。……ですが、花札に集中したいという気持ちの方が強いみたいですから花札でよろしいのでは? 好きな事をしない、というのはそれだけで精神的疲労を伴いますし、何より選ばなかったとして後悔したら元も子も無いです」

「それもそうだね。いざとなれば両立すればいいわけだし」

「それは自主的にですか? それとも部活動で?」

「両方。それがどうかしたの?」

「後者は無理だからですよ。お忘れですか?」

「あっ、そういやそうだったね……。すっかり忘れていたよ」

 キキコは頭を掻きながら自分の失念を認めた。

 夢園学園では、二つ以上の部活動を兼ねる事は校則で禁じられている。中途半端は良くないというのが理由であり、そのために部活動見学会が一日かけて行われるのである。もっとも、一日だけで判断しろというのも厳しい話だが。

「酷い話だよね。日本の学校はそういうの有りなのにさ」

「でも、学校側の言い分にも一理あります。キキコさんも中途半端は良くないと思っているからこそお悩みになっているわけですから」

「ま、兼ねられたら話は早いけど、片手間でやるのは同好の士に失礼だからね。それにどんな事でも一朝一夕でどうにかなるものでもないし」

「まあもっとも、日本的な事柄に関しては学びたい意思があるとは言え、私達のような異国の血を引いている者が学ぶ事自体おこがましい気もしますが」

「良く思わない人はいるだろうけど、真摯に臨めば平気らしいよ」

「と言うと?」

「ママンがそう言っていたの。要はここだってさ」

 キキコは自分の胸元を、心を示すつもりで手を当てる。

「気持ちが大切、というのは万国共通のようですね」

「病も気からというくらいだからね」

「それは違っていませんか?」

「そうかな?」

「恐らく」

「うーん……日本語は難しいなー……」

 キキコは頭を掻きながらぼやいた。子供の頃から学び、喋る事はもちろん、読み書きも出来るが、使い方や独特なニュアンスは未だに理解に及んでいない。その事を母によく注意されるが、理解出来る日が来るかどうかは微妙なところだ。

「本当に難しいですよね……。私も使えるようになるまで苦労しました……」

 ディヴィヤも頬に手を当て、ため息混じりに愚痴る。

「そんな言語を平然と流暢に使える日本人は凄いよねー」

「当然でしょう。日本は神秘の国ですから」

「個人的にはインドも良い勝負な気がするけれど、その辺どうなの?」

「無粋ですよ、キキコさん。そういうのは比べる物ではありません」

「これは失敬」

 一区切りついたところでキキコは話を戻す。

「でも、本当にどうしたものか……。自主的に練習するのは当然として他に何かした方が良いと思う?」

「音楽の事、ですよね?」

 キキコが首肯すると、ディヴィヤは顎に手を当て考える仕草をして黙り込んだ。返答が来るまでキキコも黙ろうとしたが、段差に差し掛かったので注意する。

「ディヴィヤさん、段差あるから気をつけてね」

「あ、はい。ありがとうございます」

 段差を越えた後、二人は教室に向かう列に従ってゆっくり歩を進める。会話を一旦止めた事によって周囲の声が大きく響いてくる。これから行われる部活動見学会について話す者、生徒会長の格好良さについて話す者、昨日見たテレビ番組について話す者と様々だ。

 そんな中、階段に差し掛かったところでディヴィヤが口を開く。

「演奏会を開いてみる、というのはどうでしょうか?」

「演奏会?」

「ええ。漠然と練習に明け暮れるというのも空しいですし、身も入りません。故に演奏会です。段取りを決め、それに向けて練習すれば空しくなく、また披露するからには恥ずかしい演奏は出来ないと身も入りますから一石二鳥です」

「演奏会……なるほど。それは名案――と言いたいところだけど問題が一つ」

「場所ですか?」

「そ。寮にピアノは無いし、音楽室は吹奏楽部が基本的に使うだろうし。はー、こんな事なら家を残して置いてって頼んでおくべきだったなー」

「それについて聞いてもいいですか?」

「自宅の事?」

「ええ。キキコさんのお父様が十年ほど前に家族を連れて拠点としていた日本を離れた、というのは知っているのですが、それでも日本で暮らしていたという事は家があるはずなのに寮生である事が不思議だったもので」

「なるほど。ええと、それはパパが楽団に「娘の物心がつくまでは活動を控える」という約束をしていたらしくてね。そういう約束をしていたから日本を離れる事になったわけだけど、知っての通りパパはモテモテだから本格的に動き始めると一つの場所にいられなくなるからって事で、こっちにある家は売りに出しちゃっているの。家具とかピアノとかも含めてね」

「それで寮生というわけですか」

「疑問は解けた?」

「おかげ様で。しかし、そうすると練習は何処でするのです?」

「自室だよ。私、電子キーボード持ち込んでいるからさ」

「グランドピアノではなくても平気なので?」

「弘法筆を選ばずで郷に入れば郷に従うしかないからね。まあもっとも、それでも弾きたくなる時はあるわけだけど、そういう時は入学式の時みたく先生に頼み込んで許可をもらおうと思っているから練習の方は心配してなかったりするよ」

「入学式……謎の奏者はやはりキキコさんだったのですか」

 すると、ディヴィヤは思い出したようにそんな事を言った。

 不意打ちの告白にキキコは驚きながらも尋ね返した。

「やはりって……ディヴィヤさんもあの時学校にいたの?」

「ええ。何事も無ければこれから三年間過ごす事になる場所をじっくりと見てみたかったものですから」

「まさか聞かれていたとはね……。穴があったら入りたいな……」

 キキコは罰が悪そうに頭を掻いた。自分の心を落ち着かせるために好き勝手弾いていたので、褒められた嬉しさよりも聞かれた気恥ずかしさが勝る。

「? 何故恥ずかしがるのです?」

 心底分からないという体で聞いてくるディヴィヤ。

 無言の圧力に耐え切れず、キキコは仕方なく答える。

「あの時は……その、緊張していたから落ち着くために弾いただけで楽しんで弾いてなかったから、聞かれた事が恥ずかしくてね……」

 がっかりされるかな、と思ってキキコは恐る恐るディヴィヤの様子を覗うが、

「――なるほど。だから心が落ち着いたのですか」

 がっかりする事はなく、むしろ何かに合点したようだった。

「何がなるほどなの?」

 キキコは分けが分からずに尋ねる。ディヴィヤは苦笑し、

「あの日は私も緊張していたのですが、あの演奏を聞いて不思議と心が落ち着いていったのです。だから落ち着く事が出来たのだな、と」

「それでなるほどというわけね」

「ええ。何にせよ、問題は場所ですね」

「だね。後はそういう勝手が許されるのか、という事かな」

 話している内にキキコはその問題を思いついた。不満や嫉妬の声を黙らせる自信はあるものの、身勝手をするのは良心が痛む。それに何より、音を楽しむのが音楽の本質なのであまりそういう気持ちで臨みたくないという気持ちもある。

「その辺は平気ですよ。むしろキキコさんの腕だと強要されるかもしれません」

「それはそれで嫌だなー」

「その辺は享受してください」

「おうともさ。となると、後は場所かー」

「それについてはふと思いついたのですが、ゲリラ的にやるのはどうでしょう? 吹奏楽部も年中使っているというわけではないと思われるので」

「あっ、それいいね。採用させてもらうよ」

「いえいえ。これもキキコさんの演奏を聞くためですから」

 ふふふ、と含み笑いをするディヴィヤ。

 それを受け、キキコはハッとして恐る恐る尋ねた。

「も、もしかして……ううん、もしかしなくても誘導した……?」

「心外ですね。極々自然な流れだったではありませんか」

「その割には提案が随分と具体的な気がするのだけれど?」

「考え過ぎです。髪が薄くなりますよ?」

「平気。そこまでは考えてないから」

「それは安心です。ともあれ、存外に平気そうですね」

 話題を終わらせようとするディヴィヤ。

 引っかかるものはあったものの、深くは考えずにキキコはそれに乗る。

「……だね。ところで、ディヴィヤさんはどうするの?」

 そして話題を変える。

 すると、ディヴィヤは途端に真顔になり、

「その事なのですが、キキコさん、いくつか質問いいですか?」

 そんな事を言ってきた。

「いいよ。答えられる事には答えるから」

「ありがとうございます。では、早速――キキコさんは行く先々でどのような事をしていたのでしょうか? 具体的に教えてもらえませんか?」

 おや、とキキコは思った。その辺に関する事は顔合わせの際に行われた質問タイムの時に一通り答えており、ディヴィヤも同席していたなら聞いていたはずである。それが何故――などと思考を巡らせた時、記憶が蘇った。あの時のディヴィヤは沈黙を守っていた。場を収めた時も収めると席に戻り、座して沈黙していた。考え事か、煩いのが嫌いなのか。どちらであれ、聞いていなかったのだろう。

「いいけど、その前に確認ね。私の家庭事情はどれくらい知っている?」

「十年ほど前に日本を離れ、家族一緒に世界を飛び回っていたという程度です」

「ふむ。なら、私が実は今まで学校に行った事も知らないね?」

 ディヴィヤが目を剥く。

「そ、そうなのですか?」

「まあね。家はパパがああいう人だから転校、転校、また転校ってなってしまってそれは忍びないから――って事で勉強は行く先々で家庭教師を雇ったり、ママンに教えてもらったりして色々学んだの。で、質問の答えはほぼ勉強。余暇時間は音楽と花札、日本の二次元文化に触れていたという感じだよ」

「……それでよく身につきましたね?」

 ディヴィヤは唖然としながら言った。キキコは肩を竦める。

「先生が良かったからだよ。パパの友達が色々世話を焼いてくれたの。パパにはいつも素晴らしいパフォーマンスを披露してもらっているからって感じでさ」

「なるほど。で、その色々というのは?」

「本当に色々だよ。行く先々の国の言語はもちろん、学校で習うような一般教養に学校では習わないような各種専門的な知識と技術、そしてママンから家事全般とハーフだからと舐められないように日本的な嗜み。これで全部だよ」

 ディヴィヤはより唖然とし、呆れた風情で小さく息を落とす。

「凄まじく多芸なのですね……。しかし、私にとっては好都合です」

「はい?」

 キキコは分けが分からず首を傾げる。

「キキコさん、二つ目の質問に行きます」

 しかし、ディヴィヤは問いかけを無視して続ける。

「日本的な嗜みを教えられている、との事ですが、それを誰かに教える事は可能ですか? 本格的でなくとも構いません。嗜める程度でよろしいので」

「物によるかな。私が教えられるのは茶道、書道、華道、舞踊、能狂言、剣道、弓道、柔道、囲碁、将棋、花札――この中の物なら平気だよ。ああでも教えるのはいいけど、どれもこれも一朝一夕でどうこうならないからその辺注意ね」

「分かりました。では、最後の質問です」

「それを私に教えてもらう事は可能ですか――そんなところでしょ?」

「話が早くて助かります」

「ま、ここまで聞いたらね。それにしても何でそんな突拍子も無い事を?」

「キキコさんの演奏を聞くためです」

「……それと先の質問がどう繋がるの?」

「その前にどうでしょう? 私に色々教えてくれますか?」

「別にいいけど、教わる気があるならちゃんとしたところ行った方がいいよ?」

「ご安心を。生粋の日本人ではない以上、真に日本的な文化を理解出来ると私は思っておらず、ならば自己満足出来る程度で留めようと割り切っているので」

 ディヴィヤははっきりと断言した。そこには一片の濁りもない。

 だからか、とキキコは納得した。そういう気持ちで取り組むというのは、本気で学び、楽しんでいる人に対して良心が痛むのだろう。しかし、それでも学びたい気持ちはある。その二律背反を実現させる妥協という具合だろう。

「そういう事なら引き受けるよ。でも、私もピアノの練習とか花札とかしたい事あるから沢山時間割けるわけではないけど、その辺は予め了承してね?」

「無論です。そこまで無遠慮ではありません」

「現時点で既にかなり無遠慮だけどね」

「それは言わないでくれると助かります」

「ん。じゃ、そういうわけで話を戻して質問に答えてくれる?」

「もちろんです。――先ほどキキコさんは私の提案を採用してくれました。ですが、それは即ち何時開催されるか分からないという事になりますよね?」

「ま、ゲリラ的だからね。吹奏楽部のスケジュールが分かれば話は別だけど」

「吹奏楽部のスケジュール把握も有りですが、それ以上により正確に、より確実に不定期に開催されるゲリラ的演奏会の日程を把握出来る方法があります」

 その時、キキコは閃いた。

「なるほど。中々考えたね。確かに吹奏楽部のスケジュールを把握するよりも私のスケジュールをある程度固定する方が正確で確実だね」

 ディヴィヤの考えは恐らくこうだ。吹奏楽部のスケジュールを把握するには吹奏楽部に入らなければならない。しかし、ディヴィヤとしてそれは時間の浪費にも等しい行為。そこで自分を理由にしてキキコのスケジュールをある程度固定し、可能な限り時間を共有する事で開催日を把握する。

 現実問題、それは即興で考えた割には凄まじく正確で確実な方法だ。キキコは入学式の日に、音楽室を借りた際に教師陣と使われていない時は使ってもいいように音楽室の合鍵を与えられ、吹奏楽部のスケジュールも聞けば教えてもらえるようになっている。多用する事は無いと段取りが決まった時には思っていたのだが、ゲリラ的に演奏会を開く、というディヴィヤの提案を採用した際にはこの権利をありがたく使おうと思っていた。

「すみません。こんな強引な方法しか思い浮かばなかったもので」

 ディヴィヤが申し訳無さそうに謝ってきた。

「気にしないで。それだけ私の演奏を気に入ってくれたって事だからね」

 キキコとしては特に問題は無い。教えるのは吝かではないし、頼られて悪い気はせず、友達に頼られて断るほど薄情ではない。

「そう言って頂けると助かります。では、早速よろしいですか?」

「早速って……気が早いねー。ディヴィヤさんってかなり行動的だよね」

「思い立ったが吉日と言うではないですか」

「だね。でも、学校だと限られてくるよね?」

「平気だと思います。何せそれは、キキコさんが一番好きなものですから」

 その言葉にキキコは過敏に反応する。

「――それはもしかしなくても花札の事を言っているのかな?」

「そう言ったつもりでしたが、伝わりませんでしたか?」

「ううん! しっかりと伝わったよ!」

 キキコは嬉しくなって声高に叫び、ディヴィヤの手を掴み、

「そういう事ならすぐに戻るよ!」

 人波の中を『すみません、通してください』と言いながらぐんぐん進み始める。何だ、何だと周りは言い、腕を引かれるディヴィヤが「腕が痛い」と悲鳴をあげているがお構いなしだ。視界には入っているが全て無視している。声も耳にはは言っているが右から左と完璧に聞き流している。

 かくて二人は、周りの迷惑度外視で教室にたどり着いた。

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