バンド
我に返った僕は、ラベルの破れかけたLPレコードに針を乗せた。
何百回と聞いたベース音が、四畳半を満たしていく。
それにギターとドラムが重なる。
どんなに練習しても上手く弾けなかったメロディーが、僕の耳に流れてくる。
結局裏切られた。
どうしてこんな事になったんだろう。
一度も洗濯をしたことの無いカーペットに、二人の赤い血が広がっている。
僕は包丁をテーブルに放り投げ、レコードのボリュームを上げた。
僕たちがバンドを組んだのは、大学2年の春だった。
浩二と香織と出会ったのは、商学のゼミだった。
教授の講義中に音楽談議に花が咲いた僕たちは、次の日から一緒にやり始めた。
この2人とやる音楽が、僕には最高に気持ち良かった。
元気印である浩二のドラムは見た目とは裏腹に繊細で、ギターを弾きながらボーカルまで担う香織のセンスには、紅一点という言葉は相応しくなかった。
初めてステージで演奏した学祭。
浩二の兄貴の経営するライブハウスでの飛び入り参加。
今になって考えると無茶苦茶だったバンド活動も、この3人だったから出来たのかもしれない。
落とした単位と比例するかのように、集客数もどんどん増えていった。
この先もずっと、3人で続いていくと思っていた。
しかし今日、二人が僕のアパートを訪れた。
バンドを辞めたいと言ってきた。
理由は簡単だった。
二人が恋に落ちたのだ。
二人にとって僕のいる3人のバンドは、もはや居心地の良い場所ではなかったのだ。
僕は嫌だった。
二人が付き合い始めた事じゃない。
3人のバンドが、僕たちの思い出が失われるのが怖かった。
僕はキッチンにあった包丁を握り締め、二人に歩み寄った。
天井の梁にロープを括り、準備が整った。
ふと、床で冷たくなっている二人に声をかけた。
「向こうに着いたら、いつも通りリハーサル始めような。」
そして踏み台を蹴倒し、首に食い込むロープに体重を預けた。
薄れていく意識の中、初ライブの時の写真が目に入った。
3人の笑顔が、僕を送り出している。
もうレコードの音は聞こえない。
END




