こっちを向いて、お姫様。―(1)
彼女はドアを開けたと同時に彼女は叫んだ。
開けた瞬間、そこに、沈黙が切って落とされた。
「え、あ、・・・か、川上さん?」
視界にあるのは、二人の男性。
一人はベッドの上で座っていた。
それも上半身裸姿で。
そして一人はベッドの近くに立ち、上半身裸の方に何かを被せようとしていた。
「・・・あ、今、こいつ浴衣からTシャツに着替えようと・・・」
一瞬の静寂。
焦点の合わない視線が病室を泳ぐ。
1,2,3。
時計の秒針が、数を数えるかのように響き渡る。
「キャーー!し、失礼しましたぁぁ!!」
がしゃん、とドアを勢い良く閉める。
「いたぁぁぁっ」
「か、川上さん、何して・・・。指!挟まっていますよ。ドア開けて!早く!」
その場は、病院史上、これまでに無いほどに騒然な雰囲気へと化していた。
しかし、王子はあの舞踏会で、既に分かっていた。
光る宝石でもなく、豪華なドレスでもなく、
彼女という存在が、美しいということを。
「私の妻になってくれませんか」
王子は、目の前のみすぼらしい女性にそう、尋ねた―。
「良かったですね、花岡さん、大事に至らなくて」
田邊と鈴木は、病院の庭のベンチに座って居た。
「えぇ。俺が偶然あいつと電話している時に殴られたんで、直ぐに駆けつけたんですよ。
だから、早く応急処置が出来て、何とか助かりましたよ。
10分でも遅かったら、ヤバイ事になっていたかもしれませんがね」
彼は胸ポケットから煙草を取り出しかけたが、その手を下ろした。
「・・・犯人達は酔っ払っていたようですね」
「ご存知なんですか?」
「今日、被疑者の取調べの為に、警察からの調書を読んで、この事を知ったんです」
「・・・そう、ですか」
鈴木がそっぽを向いた。
しばらく二人は何も話さず、ただ黙っていた。
「貴方に言っても意味が無い事は百も承知ですが・・・」
沈黙を破ったのは鈴木の方だった。
「あいつ、輝は良い奴です。
珍しいですよ、今時。あんな格好だから、女にモテるのに、遊びもしない真面目過ぎる奴で。
それに、好きな人には凄く臆病で、だけど一途に彼女を想ってて・・・。
でも、酷い事を言われても、彼女の悪口を一言も言いやしない・・・。
それなのに、どうして・・・」
友達思いですね、そう前置きしてから、彼女は答えた。
「・・・ごめんなさい。
私が言っても仕方がありませんが、少しだけ彼女を弁護させてください」
田邊が空を見上げる。
「1つだけ聞いて欲しいの」
大きな呼気が、上空へと舞い上がる。
「検事って、大変なのよ」
秋風が二人の間を通り過ぎていく。
一緒に、落ち葉が踊る音も、駆け抜けていく。
「それも女だと、余計にね。
被疑者に馬鹿にされたり、同僚に馬鹿にされたり。
でも検事である以上女だからって、なめられちゃ困るじゃないですか」
ふぅ、と大きな溜息が、再び田邊の口から零れ落ちた。
「川上さんは、結構早くに司法試験に合格して、検事になった。
女性って、特に検事は中々なりにくいのよ。
まぁ、結婚とかあるから全国あちこち転勤させられる事を考えると、女性は採用され難いの。
始めの内は、それは大変だったと思うわ・・・。
妬みや、嘲り、散々受けたでしょうね。
でもね、それでも負けないで頑張って来たの。
そして、そんなある日、彼女は転勤してきた若い検事と、恋に落ち、婚約までした。
でも、男は、結婚の条件として、仕事を止めるよう彼女に要求したわ。
彼女は随分悩んだようだけど、中々仕事を止めなかったの。
そしたらね、男は他に女を作ってて。結局、婚約は破綻になった」
再び、秋の風が通り抜ける。
「だから、極端に臆病なのよ。彼女は、恋愛するのに」
「そう、ですか。でも・・・」
「理解してもらえるとは思ってない。
でもね、知っててあげて。
あの子も、本当は凄く良い子よ」
丸い顔に、笑いが点る。彼もそれにつられて笑った。
「コーヒーでも飲みます?」
組んでいた長い足をほぐし、彼が立ち上がる。
「えぇ。ホットね。ミルクと砂糖は必須よ」
彼は右手を上げて、病院の売店へと向かった。