Pieces of Courageous heart~粉々勇気の手に入れ方~(2)
テレビを消し、部屋の電気も消そうとした時だった。
携帯電話からバイブ音がする。
画面に表示された発信者の名前を確認した。
「ったく、もう寝ようとしているっていうのに」
軽く舌打ちをして、彼は携帯に出た。
「おい、今何時だと思っているんだ?」
思いっきり怖い声で、すごませようと考えていた彼だったが。
「もしもーしー?勇哉ぁ?」
携帯電話からは、数時間前まで一緒に仕事をしていた親友の声が聞こえてきた。
「・・・お前、何やってるんだ?明日の朝一番、お前だけのシーン、ロケがあるだろうがっ!!」
壁に掛けられた時計を見る。
短い針は既に2を指そうとしていた。
「えー?ロケなんかあったっけー?」
あはは、と高笑いがこだまするように聞こえてくる。
「お前・・・。今外だろ。それも・・・、相当酔っ払ってんな」
ち、と聞こえるように舌打ちする。
「あ~~~。ばれちゃった??いやぁ、勇哉には隠し事できないよー」
きゃはは、と高笑いをしているようだった。
嫌な予感がした。
花岡が笑い上戸になる時は、よほど飲んだ時以外は有り得ない。
今までがそうだった。
しかし、彼がたくさん飲むということは、あまり無かった。
ただ、辛い事があった時を除いては。
今までもこれぐらいに飲んで酔っぱらった時は、
彼の祖父が亡くなった時ぐらいだった気がする。
「おい、どうしたんだよ。・・・まさか、あの女検事関連か?」
しばらく沈黙が続くと、今度はまだ、あの高笑いが聞こえてきた。
「あはは~。
何で分かっちゃうのかなぁ。
もしかしてぇ、勇哉ってエスパーだったり?それとも超能力者?
バラエティの仕事増えるよ~~~。やったじゃぁん!ばんざーい」
大声で万歳三唱する声が聞こえる。
彼はもう一度舌を打った後、ベッドから降りて、
ソファに掛けていた、今日着ていたジーンズを手に取った。
「おい、今どこにいる?
迎えに行ってやるから。
・・・ったく、何でそんなになるまで飲んでるんだよ」
携帯を顎と肩で抑えながら、彼は着替え始めた。
「・・・僕、頑張ったんだよ・・・」
少しの沈黙の後、突然、小さな声で、本当に消えそうな声で、そう、聞こえてきた。
「・・・生まれて初めて、自分で頑張ろうと思えたんだよ。
大学も、役者になったのも、全部成り行きだった。
全部成り行きで上手く行ってた。
不満なんて、もちろん1つも無い。
でもね、今回だけは、自分の手で、頑張りたかったんだよ。
本当に、本当に・・・」
小さな嗚咽が聞こえる。
一瞬、鈴木は動きを止めた。
しかし、直ぐにシャツを着て、上着を羽織る。
もう1つ、彼には特徴があった。
本当に悲しい時、酔っぱらったふりをして、一生懸命ふざけようとすることがある、ということを。
素直に泣けなくて、わざとおどけるということを。
悲しいぐらいに、精一杯。
まさかとは思うが、これは演技の方だろうか。
「分かった。話は後で一杯聞いてやる。とりあえず、今どこにいるんだ」
「・・・勇哉の家の近くにある公園。自販機の近く・・・」
「よし。それは都合が良い・・・ん?」
電話の向こう側から、彼以外の声が聞こえてきた。
さっきまでは聞こえていなかったが、どうやら複数人の声である。
「おい、誰かと一緒にいるのか?」
返事は無い。
代わりにその複数の人間の声が聞こえてくるだけである。
「もしもし、もしもし?」
何人かの笑い声がした。
しかし、肝心な花岡の声は聞こえない。
「おい、返事しろ!」
その瞬間、何か、鈍い音が聞こえた。
それはまるで、金属が硬い物にぶつかった瞬間に出すそれに似ていた。
そして、笑い声に掻き消されそうな、小さなうめき声。
あまりの突然のことではあるが、聞こえてくる音だけで、
見えないはずの情景が見えるような錯覚に陥る。
背中に悪寒が走った。
「おい!輝!おい!」
ぶつ。ツー、ツー。
電話が無情にも切れた音。
体中の血の流れが、逆行していく。
「輝!!!」
鈴木は鍵もかけぬまま、一目散に部屋を飛び出していた。