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Pieces of Courageous heart~粉々勇気の手に入れ方~(1)

12時を知らせる鐘が鳴った。



その瞬間、彼女は王子から離れ、突然お城の出口へと走り始める。



王子を後を追った。



しかし、彼女の姿はもう、見えなくなっていた。



唯一、彼女が履いていたガラスの靴を残して。



王子はそれを手に取ると、いとおしそうに、胸に抱いた。























「あら、電話ですね」



執務室で、電話のベルが鳴り響く。



狭い部屋の為、音量は普通の倍以上に感じられた。



「はい、こちら・・・。あら、どうも、先日はありがとうございました」



隣で飛び切りの愛想笑顔と営業用の声で電話対応をしている田邊を隣に、



飛鳥は仕事にいつにもまして熱心に取り掛かっていた。



いつも以上に言葉少ない彼女の様子をちらちら見ながら、田邉は電話の相手と話し続ける。



「はい、はい・・・。いえ、とんでもない。


・・・え?あぁ、はい。おられますよ。少々お待ちくださいね」



田邊が電話の保留ボタンを押した。



「川上検事、お電話です」



「誰から?」



彼女は見向きもしないで答えた。



「花岡さんです」



ペンを走らせていた彼女の手が止まった。



しかし、視線はそのまま前に向かったままだった。



「・・・わ、私は今、仕事で忙しいって伝えてください」



いつも以上に声が甲高くなっている事を、田邊は聞き逃さなかった。



「その書類、何度目のチェックですか。


かれこれ1時間以上掛かっていますよ。


あとは部長に決裁貰うだけですよね」



バツの悪そうな表情が見えた。



「・・・冤罪を作り出してはいけないからよ。


チェックはしてもし過ぎることはないわ」



えへん、と咳払いが所在無く響き渡る。



「それ、被疑者が自白している案件ですよね?


それも現行犯で、目撃者も証拠も揃っているのではありませんか?」



「・・・」



ノック・アウト。



試合終了のゴングが聞こえた。



勝者は田邊に決まった。



受話器をぐい、と彼女の前に出す。



「良いじゃないですか。好きと言われた位で、そんなに拒まなくても」



田邊がにやり、と笑みを浮かべる。



「拒んでなんかいません!!私は、ただ・・・」



「はい、保留ボタン押してますからね」



田邊は彼女の胸に受話器を無理やり押し付け、保留ボタンをもう一度押した。



流れていたカルメンのメロディーが止まる。



彼女は大きくため息をつきながら、仕方なく受話器を耳に当てた。



「・・・もしもし」



「もしもし?あの・・・花岡です」



「どういったご用件で?」



被疑者を取り調べる時よりも冷たい声で、言い放った。



「先日お昼を御一緒した時、川上さん、1万円札を2枚置いていかれましたよね?


それで、お釣りが一杯あるんですよ。


僕が貰う訳にいかないじゃないので、返したいのですが」



彼女は片手で頭を抱えた。



迂闊だった。



どうりで財布の中のお金が少ないと思ったら。



彼の言う通り。



完全に自分の不注意である。



いやいやいや、彼にも責任がある筈。



何の前触れもなく変な事を言ってくるから。



「ここに送っていただけませんか?着払いで結構ですから。もしくは振込みでも・・・」



「僕、今日、検察庁近くで撮影があるんです」



「・・・はい?」



「午後5時過ぎぐらい、終業ですよね?


その時間に、この前の玄関の所で待ってますから。


良かった、僕も今日は夕方に撮影上がる予定なので」



「ちょ、ちょっと!!待ちなさ・・・」



受話器から聞こえるのは、単調な電子音の連続のみ。



「で?どうされるんです?」



にやけた田邊の顔が近づいてくる。



「・・・け、決裁もらってきますから」



彼女は受話器をそのまま机の上に放ったまま、足早に部屋を出た。



「まったく・・・。本当に素直じゃない子なんだから」



彼女はワードの文書を上書き保存しつつ、その背を見送っていた。












時刻は既に、6時近くなっていた。



「・・・川上さん、そろそろ上がりましょう。それは、今日中じゃなくても平気ですよ」



田邊はパソコンのスイッチを切る準備をしていた。



「お先にお帰りください。私はやる事がまだ残っていますので」



いつもは見せないような、無表情な顔だった。



「・・・川上さん」



田邊が大きく溜息を付いた。



「5時に約束されているのでしょ?」



優しく諭すように、説得を試みる。



「・・・一方的に言い渡されただけです」



正直、田邊の心の中はイラついていた。



もどかしくて仕方ない。



どうしてそうも素直になれないのか。



原因は知っている。



でも、もうそれだって「時効」にして良いはずだ。



このままじゃ、せっかく訪れている幸せのチャンスを、逃すことになってしまう。



お節介かもしれないけど、それだけは防ぎたい、と田邊は思っていた。



「・・・もう、良いじゃないですか。昔の事は、もう・・・」



「お疲れ様でした」



田邊の言葉の上に重ねるように、飛鳥が言葉を発する。



彼女は田邊の方を見向きもせず、そのまま視線を机に向けたままだった。



「・・・分かりました。もし未だ待っているようだったら、帰るように伝えておきます」



田邊は上着を羽織り、鞄を持って、戸口に向かった。



「お先に失礼します」



彼女は軽く会釈をし、部屋を後にした。



窓の外は既に夜の闇に包まれていた。



飛鳥は蛍光灯を付けた。



眩しい位の光に一瞬、目が眩む。



「・・・大丈夫よ・・・。これだけすれば・・・」



彼女は自分に言い聞かせるかのように独り言を呟き、仕事の続きをした。











「お疲れ様です」



夜8時を過ぎると、正門はもう閉まっている。



彼女は夜専用の裏口にいた。



「ご苦労様です」



齢60を過ぎているだろうガードマンに軽く頭を下げ、外に出た。



秋とはいえ、夜は相当冷え込んできている。



彼女はジャケットのボタンを閉め、駅に向かって歩き出した。



しかし、何かを思い出したかのように、突然ふ、とその足を止める。



「・・・どうして気になるのよ・・・」



何度も来た方向や近くの駅の入り口の方を繰り返し交互に見続けた挙句、



苛立った声で独り言を言いながら、



とうとう彼女は来た方向へ向かって、再び歩き始めた。














「・・・嘘・・・」



彼女はその場で立ち止まっていた。



「あ、残業お疲れ様です。川上さん」



「あ、貴方って人は・・・」



居るはずないと思っていた。



それでも、念の為に来ただけだった。



人影が無い事を確認して、そのまま駅へと直行する筈だったのに。



しかし、そこに一人、いたのだった。



彼、花岡輝が、門近くの壁に寄りかかりながら。



夜中にもかかわらずサングラスを掛けて。



彼は彼女の姿を確認すると、小走りで近づいてきた。



そしてジャケットのポケットから封筒を取り出し、中身を確認した。



「田邊さんには、川上さんは仕事で忙しくて来られないから帰れって言われていたんですけど、


この前取調べした部屋の電気、付いてたから、待ってたんです」



彼の笑顔に、嘘はなかった。



一点の汚れも無い、無垢な笑いを、彼はその白い肌に浮かべていた。



「・・・貴方、何で・・・」



喉から絞り出されたその声は、かすれていた。



秋と言っても、寒いはずなのに。



ずっとここで、3時間近くも待っていたって言うのだろうか。



「何でって・・・。


言ったじゃないですか、ここで待っているって。


それに、せっかく貴方にお会い出来る機会なんです。


みすみす逃すわけにはいきませんよ」



またあの笑顔を、彼は浮かべる。



街頭に照らされたその笑顔を見る勇気は、彼女にはもう、残っていなかった。



彼女は突然その封筒をひったくった。



「迷惑です!」



静かな街頭に、大声がこだました。



彼女は俯き、両手に握りこぶしを作って、喚き続ける。



「勝手に私の事好きだとか言って、勝手に私の事を待って・・・。


私の気持ちを確認もせず、そういう事をしないで!」



下を向いていた顔が、ぐい、と上がる。



心無しか、彼には、その瞳は濡れているように見えた。



そんな彼女を、暗いサングラスの奥に潜む瞳で見つめていた。



「私は・・・。


私は今そういう事に現を抜かしている暇などありません!


やっとの思いで検事になって、これからどんどん仕事していかなきゃいけない。


貴方なんかに付き合っている暇なんか微塵も無いんですよ。


私は貴方なんか好きじゃないんです!


貴方はただの事件の参考人でしか過ぎないんですよ。


もう、2度と私の前に現れないで下さい!!」



最後の方は、ほとんど叫びに近いようなものだった。



暗闇に、沈黙がこだまする。



しばらくの沈黙の後、彼は落ち着いた様子で、彼女に微笑みかけたように見えた。



「・・・すみません。


そんなに迷惑になっていたなんて、思いませんでした。


僕が至らぬ故に、貴女に迷惑をかけていたんですね。


申し訳ありません」



いつも以上に穏やかな声が、彼女の感情を逆なでする。



「もう2度と私の前に現れないで・・・!」



「・・・ごめんなさい。・・・それじゃあ、これで、さようならです」



彼はその場で深々とお辞儀をし、そしてその場を去って行った。



去っていく彼がうつむき加減で、一瞬振り返り、その場で会釈をした時に見えた表情は、



どこか笑っているかのようにも見えた。



彼女はしばらくその場で立ち尽くしていた。



冬の空気を纏った秋の風が、その場を吹きぬけていく。



一気に踏ん張っていた両足から力が抜けていく。



「・・・馬鹿・・・。私、本当に、最低・・・」



彼女はその場にしゃがみ込んだ。



気が付けば頬に貼ったままのシップが濡れている。



瞼が、熱を持っていた。



彼女はそれを両手で強く押さえ込むことしか、出来なかった。



雨こそ降っていないけれども。



今、ここで叫んでいたのは、数年前の自分。



彼は、彼ではないのに。



今は、過去ではないのに。



分かっていて、そして、傷つけた。



いや、本当はそうじゃないのかもしれない。



本当は、あの時の彼をそこに見たのではなくて、



叫んだあの言葉は、



砕け散った勇気が叫ぶ、心の奥底に眠る正直な気持ちなのかもしれない。



恐怖。



不安。



1度得たものを、失うことへの。



腕の中に顔をうずめた。



どうしようもないくらいに、涙があふれてくる。



あの時以上に、もっと、もっと、たくさんの涙が。



泣き続けるしか、この涙は消せなかった。









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