神樹幻想秘話 紅焔
「ねえ、カミサマ、なんでカミサマはボクをコロしたの?」
「それが我に与えられた願いだから、だな」
「カミサマは、ネガいなら、人をコロすの?」
「その願いに、等価値があれば、神への願いと代償は常に等価値だ、それに見合うだけの代償を払えば願いはかなう。
その代償が、神格によって違う故に、何に何を願うかによって代償は変わるがな」
燃え盛る黒い焔の中で、カミサマと呼ばれたそれは煌々と燃えゆく机の上でペラリペラリ並べられた何かををめくりながらそこに在った。
生まれた家、両親、親戚。
それらが等しくカミサマを中心に無価値に燃えていた。
「ねえ、カミサマ。
ボクたちはナニをマチガえたのかな」
「間違えてないさ、人として生きて、望んで、奪った
それが人の業であり、正しい生き方だ」
「そうなんだ」
また一枚ペラリとめくる。
ボクはやったことが無かったけど、あれは母が良くはまっていたタロットというモノだろうか。
細長いカードのようなものを一枚、また一枚と繰り返しては混ぜて崩すを繰り返す。
「ナニをしているの?」
「…探し物だな」
「カミサマでもわからないモノがあるの?」
「ああ、いっぱいあるさ、救いきれない願いも、救われない思いも全部がくだらなく等しく重い」
だから、こうして可能性を探しているのだと。
カミサマのような成りをして、誰よりもニンゲンの様に自嘲しながらそれはそこに座り続けていた。
「ボクは、ボクたちはどうなるの?」
「死ぬさ、そして、また次へと流れていく」
「イタイのかな?」
「信条として、お前のような子供は静かに送ってやるのが我が数少ないやさしさだな、この焔は人の業を薪として燃えていく、業深き者は芯まで熱く、業浅き者は、静かに燃え尽きる」
「……そっか」
どおりで、母も父も静かだ。
眠ったように、燃えて、蝋燭の様に燃え尽きて、沢山叫んで燃えていくのは祖父や祖母や親戚の叔父叔母達ばかり。
みな、金にがめつく父の家を食い荒すことに必死な人ばかりだった。
「次があるんだ」
「摂理だからな。
それが、私の権能、私に許された唯一の救済」
最後の一枚。
ペラリとめくれたそれをそっと渡された。
「忘れていい、こんなものは道しるべですらない」
「じゃあ、シュクフク?」
「ああ、私が渡せる唯一の祝福だ」
そこには死を暗示する絵柄。
「そして、唯一の救済―――」
昔から、父と母はおしどり夫婦という関係だったそうだ。
少し天然が入った呑気な母と、優しく母のゆく道を見守っている父。
結婚を決めたのは、出会って付き合って三年程たった頃の話だったらしい。当時母は占いにはまっていて、結婚運がいい年に結婚すると聞かなかったらしい。
そんな時に、道端で如何にもを通り越してぱっと見疲れたサラリーマンといった風貌の占い師が店を出していたというのだ。
全然、当たりそうにない。
所謂な雰囲気も無い。
本当に、明日、ニュースで飛び降りの映像に映っていても不思議ではないほど疲れ切った風貌の男であったらしい。
「あー…、うん、結婚運ね
いいと思うよ、たぶん、前世からの恋人とかそんな感じじゃないかな」
やる気なさそうに捲ったカードを読む占い師。
でも、その一言が母の背中を押したらしい、前世からの運命、運命の赤い糸。
夢見がちな母の好きそうな言葉だった。
「ですよねー。私もそうだと思っていたの」
父の手を握って、その日二人は入籍したそうだ。
婚約の記念にと、その占い師はそのカードをプレゼントしてくれたらしい。二人が二度と別れることが無いようにと願いを込めて、と。
そんな二人から生まれて来た私は、小さなころから手のかからない子供だったそうだ。
あまり泣かない子供で、そんな私が初めて大泣きしたのが、一歳の誕生日に赤ちゃん用のケーキに立った火の着いた蝋燭を見て大泣きした、というのが母の鉄板ネタであった。
と、言いつつ、私の家は火の気が少ない。
家電はIHであるし、家はオール電化、父は煙草も吸わないし、鍋用のガスコンロすら置いていなかった。私自身、まともに火というモノを見たのが学校の実験器具であったのだから相当な過保護ぶりである。
そんな私も、成長して、卒業して、成人して、就職して、そして、結婚した。
旦那さんと二人で両親に結婚の挨拶をした日、実家から帰り際、母は自分の化粧台から小さな木の箱を持ち出してきた。
「これを、あなたにあげる
私の運命が、あなたにとっても運命であったらいいと思うの、不思議なんだけどね、生まれて来た時からわかってたの。
この子は、いつかきっと幸せな結婚をするはずだって。
私の、育て方がどうとかじゃない、どんな目にあっても、辛くても、きっと全部を覆してこの子は幸せになる。
そうじゃなきゃ、いけないんだって…」
そう言って泣いて、涙を流しながら、母は笑っていた。
私が結婚して2年。
私の子供が生まれた年、母と父が亡くなった。
火事だったらしい、でも、不思議な話だった、実家は今でもオール電化。なのに、火元の原因はガス爆発とされていた。
「ユメをミたの」
まだ、たどたどしい言葉で娘が二人の棺に向かって手を振っていた。
「まっくろなヒトが、じいじとばあばをつれていっちゃうゆめ、やめてっていったの
そしたら、じいじとばあばがふりむいてくれたの。
ふたりともわらってた。
もう、いいんだよって、ふたりはいっぱいいきたからって」
バイバイって。
泣きながら、一生懸命涙をこらえて、娘は最後まで二人の棺に手を振っていた。
「これは、わたしたちのうんめいなんだって」
うんめい、運命―――。
「運命って何なんだろうね」
私の右手を娘が、左手を旦那が握っていた。
離さないように握っていた。手放してしまうと私もまた焔にからめとられてしまう、そんな未来を恐れているかのように。
そんな娘も、成長して、卒業して、成人して、就職して、そして、結婚した。
気の良さそうな青年を連れて、二人して緊張した面持ちで結婚の報告を聞いた日。
私は、思い出した。
あの日、母から受け取った小さな箱。
開けることなく、私の化粧台にしまい込んだまま今日まで眠り続けたその箱を、私は初めて開いた。
小さな木の箱中には、赤いビロードの布に包まれて一枚のタロットカードが入っていた。
あの日、父と母が入籍した日に、占い師にもらったというカード。
母は私が生まれた日に、初めてそのカードを開いて自分の運命を察したという。
震える手で、
捲ったカード。
赤い火炎。焼かれ叫ぶ罪科の輩。その中央で立たずむ青い顔の死神。
『死神』
間違いなく、それは不吉を孕んだ死を暗示するカードであった。
「ああ、そうか。
運命だよね」
誰かの言葉が口から漏れた、誰かの願い、誰かの希望、誰かの前世。
「最初から、決まってたんだ」
あの日、あの場で焼けた人たちの残り火は間違いなく今も燻り続け、いつか私を絡めとろうと狙っている。
それは、前世の業で、既に覆ることの無い未来の暗示。
「ねぇ、神様、僕たちは何を間違えたのかな」
遠く遠く―――。
あの日、母が最期に呟いた一言がやけに私の耳に残って聞こえた。
「貴方は、幸せになるの、金も土地もあの女の財産も、全部全部奪い取ってあなたが受け取って幸せに暮らすの。
お姫様は幸せに暮らすのよの、王子様と一緒にね。
そうなの、そうじゃなきゃ、私が、救われないじゃない」
火炎で燃え盛るあの場で、幸せそうにすべてを嗤う母だったモノは、そう言って燃え尽きた。
父だったモノを道ずれにして。
そして、一人残された火炎の中で、私は最後まで泣いていた。
神様と呼ばれるそれが表れるまでずっと。
「願いと代償は常に等価値だ」
今ならわかる気がする。
私は、生まれてずっと幸せだった。
不幸だった分、ずっと幸せだった。母が言うように幸せだったのだ。
全てが願いに焼かれたその日から、燃えた思いの分まですべて燃え尽きて、それらをくべて私は幸福という微睡に抱かれて生きて来た。
だから、その時が来たら。
私の運命の最後が来たら、聞いてみようと思う。
「願いと代償が、等価値なら、私を、私たちを燃やして欲しいと願った人は、どんな代償を背負ったのだろうと―――」
今ならわかる。
カミサマに願うというのは代償を伴う。
では、たとえ狂った人間であろうとも、3人以上運命を歪めたその人は、いったいどんな代償を払ったのだろうかと。
あのカミサマはきっというだろう。
「願いと代償は等価値だから―――。
きっと願った奴は、火炎に抱かれて燃え尽きるだろうさ」
人を嗤って燃やされるならば。
燃やした者も、願った者も、等しく共に燃えるべきだろう?
違うのは、次があるかどうか――――、願った先に次があるかは、その重さ次第。




