男の妹
あれから3ヶ月程経った。
男の眼前には草花が青い絨毯のように咲き乱れていた。
女が綺麗で美しいと思った景色だ。
ここに埋めて欲しいと願った景色だ。
男の隣には椅子に座った女がいる。
女の瞼は閉じていた。
眠っているように見える女の身体に体温は無い。
男はあの日、どうしても女を埋めることが出来なかった。
どうしても女が亡骸に見えなかった。
息もしておらず、体温も無いのだが、どうしても死んでいるように見えなかった。
生きていたら、と思うと恐ろしくなり埋めることが出来なくなった。
だから男は一旦女を近くに置いておくことにした。
死体なら腐るだろう。
腐ってきたら埋葬しよう。
男は自分自身、気が狂ってしまったのかも知れないと思った。
だが、1人きりでいるのだから多少狂ったとしても構わないだろうと思いもした。
男は人足に頼み届いた木材で小さな小屋を作った。最初は、女の墓守としてここに住もうと思っての事だったが、結局は女の亡骸と共にいる。
女の亡骸は3ヶ月腐らずにベッドに横たわっていた。
いつもはベッドに寝かせている女を、今日は見事な青い草花の絨毯を見せるため、椅子に座らせてみた。
「綺麗で、美しいな」
男はポツリと一言だけ呟いて、じっと青い絨毯を見つめた。
その日の夕方、頼んでいた女用のガラス蓋のついた棺が届いた。
驚いたことに元気になった妹まで付いてきた。
5年の間に妹は大人の女性になっていた。
ずっと寝たきりで、まだまだ痩せ細っていて、旅が出来るほどの体力等、とうてい戻ってはいない筈なのに。
だが、会えて嬉しかった。
5年も戻らなかった男の胸を妹はその細い腕で散々ぶった。
腕が折れてしまわないかとヒヤヒヤしながら、男は打たれ続けた。
打ち疲れて息を乱した妹を男は思い切り抱き締めた。
良かった。
生きていて良かった。
元気になって良かった。
手紙で知っていても、実際に会えた安堵感は別物だった。
そうやって妹が生きている実感を堪能していると、妹は、いい加減に離せと男の腕から抜け出した。
妹がベッドに眠る女を見た。
棺を準備してもらう為に、家族には事情を手紙で説明していた。
「聖女様・・・」
妹が手を胸の前で組み合わせ祈りを捧げた。
「兄さん、聖女様を綺麗にして差し上げても良いかしら?」
「あぁ、頼む」
男は、妹が作業しているあいだ、棺の中を整える事にした。中を綺麗に拭いて布団を敷き詰める。枕も布団も絹の光沢がある美しいシンプルな物だった。
女も絹の寝具は久しぶりであろう。
女を棺に入れるのには、男も葛藤があった。だが、ずっとベッドの上では埃が女の上に溜まってしまう。
意識の無い女に触れる事に男は戸惑いを感じたし、どう整えて良いかも分からなかった。
かといって暗い棺に入れるのは可哀想に思えた。だから明るい日の光や、周囲が見えるように、蓋の部分をガラスにした棺を用意したいと家族に相談したところ、早速作って運んでくれたのが、この棺だった。
家族には苦労をかける。
今後の食い扶持くらいは自分で稼ごうとは思うが、小屋を空けることはしたくない。
小屋で出来る何かを探さなければならない。と男は考えていた。
妹が支度が終わったと男を呼んだ。
男がベッドへ近づくと、そこには見違える程美しい女が眠っていた。
身体を綺麗に拭かれ、化粧を施され、血色の良くなった顔がそこにあった。今にも瞼を開けて起き上がりそうだと男は思った。
着替えもシンプルながら美しい薄黄色のワンピースドレスになっていた。
「美しいな・・・」
元は貴族令嬢なのだから、この彼女が本来の姿なのだろう。
この痩せ細った身体はもう少しふっくらと健康的だったのだろうか。
男は美しく整えられた女を抱き上げて棺の中にそっと寝かせ、慈しむように頭を撫でてから髪を整えると、ガラスの蓋を降ろした。
ガラス越しの女を長い間眺めて、ふと妹に顔を向ければ、妹は目からぼうだの涙を溢れさせて男を凝視していた。
「にっ ヒッさん、は、こっでからどっするの?」
唇を震わせながら嗚咽まじりに絞り出した妹の問いに、男は笑った。
泣き方が汚い。
大人になったと思ったが、まだまだ子供だ。
男は妹に弱い。
男は妹の前では昔から笑い上戸であった。
男の笑い顔を見て、妹は不満顔になって言った。
「何で笑ってるのよぅッ」
と。
そうして妹は幼子のようにうわんうわんと大声を上げて泣き出した。
男はそれを見て目を丸くした。
そうして益々笑った。
それは5年間、顔から表情の抜け落ちた男の、久しぶりの笑顔であった。




