留まる男
男は後ろの穴を振り返り見たあと、女が自分の足の上に倒れ込んでいることに気がついた。
女の身体はまだ温かく眠っているようであった。
男は女の身体を持ち上げて足の上にのせ抱き込んだ。
そして手紙をもう一度ゆっくり読んでから、丁寧に丁寧に折り畳み胸元のポケットにいれた。
心臓の一番近くに仕舞われた手紙を服の上から掌でおさえてから祈るように瞼を閉じた。数秒後、男は瞼を開けて景色を眺めた。
男の暗い影を落とした薄青の瞳に、雲間から降り注ぐ日の光がキラキラと反射していた。
薄く幕を張った水分が視界を遮る。
男の顔には、失くすかも知れなかった命を取り留めた安堵感と、失くしてしまった命の喪失感を同時に体験した心境が、複雑に入り交じっていた。
男はそのまま空を眺めていた。
白い雲の流れる空色から、紅掛空色、そして瞑色から至極色へ変化する空を男は眺めていた。
涙はこぼれ落ちることなく乾いていて静かに明滅する星ぼしが見えた。
星の大河の壮大さに溺れそうになる。
男が女の頬をそっと撫でると、ヒンヤリとした頬にじわりと男の体温が移るようだった。
女の身体は男と触れ合っている場所以外はもう冷めきっていた。
――――埋めてやらなければ。
男はそう思うも、動きだすことが出来なかった。
―――――もう少しこのままで。
―――――もう少し。
―――――もう少し。
空が曙色に染まり、空色に変わる頃、男に話しかける声があった。
「聖騎士様?どうかしましたか?」
男の上に影が落ちた。
男が顔を上げるとそれは、罪人の村に物資を送る人足であった。
罪人の村で男個人の物資の依頼も度々していた顔見知りである。
人足は男が抱いている女に視線をやり、頷いた。
「あぁ、刑期が終わりましたか」
やっと終わりましたか。
と人足は娘を見るような目で言った。
女は読み書き計算が出来た為、人足の運んできた荷物の対応をすることもあった。
人足は女の真面目な仕事振りや態度を見ていて、この女が何か罪を犯すなど到底考えられない。
何かの間違えではないかと思っていた。
もちろん立場の弱い人足など直ぐに消されることも知っているので、声には出さなかったのだが、早くこんなところから出られたら良いのになぁと思っていた。
「とても良い顔で眠っていますね」
人足の言葉を聞いて、男は女の顔を見た。
「あぁ、そうだな」
男は同意してから、女が亡くなっていることを人足に伝えた。
人足は目を見開いてポツリと、そうですか・・・。と言って、またじっくりと女の顔を見つめた。
「本当にいい顔をしてます。聖騎士様に看取られて幸せでいらっしゃったのでしょうね」
人足はそう言った後、男の顔を見て後ろに掘られている穴に気がついた。
「埋葬のお手伝いをいたしましょうか?」
人足の言葉に男は首を振り、人足にある依頼をした。
手紙を簡単にしたため、人足に渡す。
「これをオウンズ商会へ持っていき、直接支配人に渡してくれ。それから商会が準備したものをこちらに運んで欲しい。手数料と運搬費はオウンズ商会で手配するように書いてあるからそちらでもらえる筈だ」
人足は手紙を懐に入れて頷いた。
「この荷物を罪人の村に届けてからになりますが・・・」
「かまわない。が、出来るだけ急いで欲しい」
「わかりました。では急ぎいって参ります」
人足は頷いてロバの繋がった荷車に乗り、罪人の村へ向かい去っていった。
男は人足の荷車が見えなくなるまで見送ってから女を丁寧に地面に寝かせ、埋葬の準備を進めることにした。




