聖女の証し
「騎士様には本当に感謝しているのです」
女が微かな声で言った。
穴を掘り終わったのか隣に座った女は濃い土の香りを纏っていた。
少し身体を傾ければ触れてしまいそうなほど近くに座った女を、男は見ることが出来なかった。
真っ直ぐ前を向いたまま女の言葉に耳を傾ける。
「わたくしの側に居ることが騎士様にとってはお仕事だったのかもしれません。でも、ずっとずっとわたくしを見続けてくださっていた事が、わたくしの力となり、今日まで過ごすことが出来ました。本当にありがとうございました」
女がそう言うと身体の向きを変え男に頭を下げた。
「それで、騎士様にわたくしの事を知って頂きたく、お話ができればと思ったのですが、長く沈黙ていた所為か声が出しにくく、聞き苦しいですし、お話も上手く有りませんものでお手紙をしたためてみたのでお読みになっていただけますか?」
と言い、女はズタ袋から取り出した手紙を両手で男に差し出した。
男は手紙に目をやってから、視線を上げ、そして暫し固まった。
目の前には若葉色の瞳。
その奥に薄桃色の小さな花が咲いていた。
聖女の証の5枚の花弁の儚い花だ。
男は初めて見るその証しに妹を思い出す。
あの時、妹は病弱で原因不明の熱病に襲われた。男は慌てて神殿に駆け込み治癒を願ったのだが、聖女の力はもう失われたとその場にいた神官に吐き捨てられた。
残念ながら聖女に治癒の魔法をかけて貰う事は叶わなかったが、不思議なことに、長くは生きまいと言われていた妹は、今も何とかベットの上で生きている。
病や怪我を治して貰え人生を謳歌している者が幾人もいる中、妹は幼い頃から人生の楽しみなど、何も味わえぬまま、只細く息をしているという不公平さに男は納得がいかなかった。
───どうして、証しは有るのに力は失われたのか───本当に力は失われてしまったのか─────。
長い年月を経て薄くなった苦い思いが濃く意識に浮上しそうになり、男は女の若葉色の美しい瞳から急いで視線を反らし、男は両手で差し出されている手紙を受け取った。
封筒にも入っていない折り畳まれた手紙は紙ですらなかった。
草臥れた生地を四角く裂いた物を紙の代用として、文字は炭でかかれている物だった。
炭のせいで大きく書かれた文字を見れば、書きにくさに苦労したであろう様子が伺える。
男はそれでも丁寧に書かれた炭の文字を指で擦って消さないように慎重に広げ、ゆっくりとその文字を目で追った。
その手紙は、女の名前や生まれの紹介から、今日に至るまでの事が書かれていた。
殆どの事を男は知っていた。
免罪の件を調べていた時に知った事が殆どであったが、初めて知ることもあった。
女が婚約破棄をされた時の事、その時の気持ち。
無実の罪を着せられて家から絶縁され、修道院へ送られた事。
修道院で聖女の力に目覚めた時の事に、神殿に移動になったときの事。
治癒の力が使えなくなった時の事に、また無実の罪を着せられて、今度は罪人の村で刑期を送ることになった事。
ふと、肩に重みがかかった事に気が付いた男が視線を横に向ければ女が男の肩にもたれ掛かって来ていた。
────寝てしまったのだろうか─────。
男は反対側の空いている手でそっと女の髪を撫でてみた。
傷んでゴワついてしまっている金色の髪は、それでも男の髪よりは柔らかく、女の繊細さを感じさせた。
男の全身がぶわりと震えた。
それは女に対しての愛しさが込み上げてきた瞬間であった。
高揚した気持ちのまま女の様子を暫く眺めた後、男は改めて手紙の続きを読み始めた。
村の生活での事を書かれた後、聖女の力の事も書かれていた。
どうやら女はあの時、妹の為に神殿に駆け込んだ男の事を見て知っていたらしく、その時の謝罪も書かれていた。
そして、最後の文を読んだとき、男は女が一生懸命に掘っていた穴を驚愕の表情で振り返り見た。
その反動で女の体が傾いで男の胡座の上に倒れた事に男は気が付くことが出来なかった。
女の前には歪に彫られた女神像が倒れている。
───チリン。
唖然と穴を凝視する男の耳に小さな鈴の音が聞こえたような気がした。




