女の刑期が明けた
ザクザクザクと、
男は音のする方へ向かって歩いていた。
女の刑期が明けた。
何時ものように教会の祈りが終わった女が、罪人の村を出る手続きを終えた。
男は5年の間滞在していたこの地をなんとはなしに散歩していた。
罪人の村、鉱山の穴、女子寮と男子寮、殺し等の重罪人の居牢、監視はいるが、軽い罪の者は拘束はされず、重罪人や秩序を乱すものは重い鎖に繋がれ、各々課された労働をしている。強い規律があり、会話は許されない。罪人の村と聞くと恐ろしい無法地帯を想像するが、下手な村より秩序は保たれている。
男はゆっくりと村を1週すると暗い目を向けて再度村を一瞥した。
そうしてゆっくりと目蓋を閉じてから一呼吸。
その後目を開けると体を回して村を出た。
男がしばらく道なりに歩いていると、何やらザクザクザクと音が聞こえてきた。
音がする方へ目を向けると、道を外れた何もない空き地で女がなにやら作業をしていた。
罪人の村からしばらくは一本道だ。だから、女には容易に追い付くだろうと思ってはいたが、思ったよりも早くに出会う事が出来たと、男は知らず安堵した。
男が近づくにつれ女が何をやっているのか見えてきた。
女は穴を掘っていた。
見晴らしの良い、何もない枯れた野原で穴を掘っているのだ。
初めて見るそんな女の奇行に男の足が止まった。
いや、女の奇行を目撃する前から、女の元には行こうと思っていた。
5年間、女を見続けたのだ。
離れるのは、これから女が何処に行くのか、どんな暮らしをするのかを見届けてからでも遅くはないと思った。
男が数メートル離れた場所で立ち止まって女を見ていると、女は穴を掘る手を一旦止めて腰を伸ばした。
顔をあげた女が男に目を留める。
そうして、笑った。
その顔はなんの気負いもなく、憂いもない、心から発せられる、それはもう美しい笑顔だった。
男は目を見開いた。
男の暗い目に冬の僅かな光が入り込み、薄青のガラス玉のような瞳がキラリと一瞬の間輝いた。
女が手をあげてこいこいと手招きをする。
男は引き寄せられるように女の元に寄った。
「来て頂けて良かった」
女が笑顔のままそう言った。
女の声は弱々しかった。
5年もの間言葉を制限されていたのだ。喉が弱ってしまったのだろう。
そして、男はふと思った。
そういえば自分も暫く言葉を発していなかったな。と。
それなら自分の声も弱々しくなっているのだろうかと。
そうは思っても、特に声を出して確かめようなどと男は思ってはおらず、そのまま女の次の言葉を黙って待った。
女は男の顔をじっと見つめてから、足元の穴をみて困ったように笑って言った。
「騎士様にお願いしたい事があるのですが、先にもう少しこちらを深く掘りたいので少々お待ちいただきたくて・・・お時間よろしいでしょうか?」
女の言葉に男は頷いた。
男のこの先の予定は女の行動によるものだ。
女が待てと言うのならいくらでも待つつもりである。
だが、穴を掘るのは存外大変である。
何のための穴かはわからないが、男は女の細腕を一瞥し手助けを申し出た。
「手伝うか?」
久しぶりに出した男の声はやはり掠れて聞き取りにくいものとなった。
そんな耳障りの悪い声でも女は正確にその音を聞き取り、嬉しそうに微笑んで、それから首を振った。
「ご親切ありがとうございます。ですが、これは私が掘らなければいけないものなのです」
男は女の言葉を聞くと、束の間の思案の後、穴の近くにどかりと胡座をかいて座り、前の道とその先にある灰色の冬の景色に見るともなしに目を向けた。




