拡散者
イツキは夜明け前の広場に立っていた。
地球の低い脈動は、今や明確に焦りを帯びている。
世界中の軍が臨戦態勢に入り、互いを疑い、引き金をいつ引いてもおかしくない。
(……もう限界だ。俺がこのまま黙っていたら、地球も、人類も持たない)
イツキは呼吸をゆっくり整えた。
胸の奥に響く脈を、自分の鼓動と重ねていく。
共鳴した瞬間、視界が微かに揺れる。
(――地球、教えてくれ。[伝えるべき相手]は誰だ)
地面を通じて、重く、厚く、巨大な波がイツキの身体を貫いた。
映像ではない。
言葉でもない。
けれどイツキには理解できた。
世界の中心で人々の心を動かすひとつの火種。
地球が示した答えは――【発信力】
(……SNSか。
世界中に一気に届く声。
国境も、言語も超える場所……)
既に人類は、政府よりもSNSで動く時代。
混乱している今ならなおさらだ。
だが、地球が指し示した相手はもっと明確だった。
巨大なオフィスの夜景。
無数のサーバー群。
黒いスーツの男。
世界人口の半数に届く発信力を持つ、たったひとり。
イツキは静かに目を開けた。
(……[彼]と繋がれ、と地球は言ってる)
ただの地質学者が世界でもっとも影響力のある男と繋がるなど、本来不可能だ。
しかしイツキには、自分にしかできない方法がある。
地球の脈に触れるたび、微細な振動が手のひらから漏れ、足元から世界へ広がっていく。
それを、ある一点へ狙って送るのだ。
イツキは地面に片膝をついた。
「……届いてくれ。
今だけは、届かないと困る」
ゆっくりと、深く、地球の鼓動に合わせる。
都市の電線が微かに唸り、ビルのガラスが震え、
遠く離れた海の波が一拍遅れて立つ。
その波は世界中を駆け巡り、
地球上の[その男]の足元まで辿り着いた。
――その頃。
Z本社ビルの最上階。
CEOの男は、突然立ち止まり、床を見下ろした。
「……なんだ、この振動?」
部下たちは誰も気づいていない。
だが彼だけは、地面の微細な揺れに反応した。
次に、スマホが震えた。
着信ではない。
通知でもない。
どこにも繋がらないはずの振動。
彼の目が細くなる。
「……誰か、俺にアクセスしようとしている?」
男は興味深そうに口元を歪めた。
世界が混乱している最中に、このタイミングで異常な揺れ。
しかも自分にだけ届く奇妙な振動。
「面白い。……誰だ?」
イツキは地球の脈動を通じて、世界で最も拡散力を持つ男に[合図]を送った。
それは言葉ではなく、
ただ一つのメッセージ――
『地球が怒っている。話がある』
次の瞬間、男のスマホが一度だけ光った。
アプリ名も通知名も無い。
ただひとつ。
そこに表示されたのは、見たこともない送り主。
【⠀ITSUKI⠀】
男は笑い、囁いた。
「……いいだろう。話を聞いてやるよ」
物語はついに、人間世界の中心へ届き始めた。




