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CIRCLE  作者: 志に異議アリ


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3/10

誤解



防衛省情報分析官のアラタの元に嫌な報告が続く。


午前10時。


世界中の衛星データに残る地表の呼吸の謎は何ひとつ解けないまま、


「アメリカ海軍、第七艦隊が南シナ海で警戒態勢入り。

中国側も艦隊を展開。両軍が実弾演習を開始したとのことです」


報告した若手の顔色は青かった。


アラタはモニターを睨みつける。


今の世界情勢で、双方が本気で撃ち合うなんてありえない。


だが――今日は『ありえない』が連発している。


「演習じゃない。これは牽制だ……

原因不明の地震騒ぎの裏で、互いが相手を疑い始めてる」


彼の声は低く沈んだ。


モニターには、

相手国の動きを牽制しあう艦隊の影が映っていた。


ただの誤作動が、ここまで空気を悪化させるとは。


アラタは小さくつぶやいた。


「……誰が仕掛けてなくても、もう戦争は始まるんだな」



―――


ロンドン。

サラは映像を確認しながら頭を抱えていた。


南シナ海の緊張、

SNS上の「第三次世界大戦」と揶揄するタグの拡散。


石油先物は跳ね上がり、株式市場は荒れ、

世界はまるで敵がいる前提で動き始めていた。


「地震誤作動で……ここまで?」


カメラマンが笑い飛ばそうとしたが、

サラは笑えなかった。


その瞬間、別のニュースが飛び込む。


「ロシアのミサイル施設が、誤作動で自動防衛システム作動。

周辺国が緊張状態に――?」


サラの背筋が凍る。


「誤作動……? 今日だけで何件よ……!」


モニターには各国の偶然の誤作動が並んでいた。


誰かが攻撃しているようにも、

誰も攻撃していないようにも見える。


だからこそ、最悪だ。


人類は、「見えない敵」が一番怖い。



―――


軍事国の首脳会談では、


「先に撃たれたら負ける」

「いや、撃ったのは向こうだ」

「証拠は?」

「わからん」


議論になっていない。


ある将軍が机を叩いた。


「誰かが我々の監視網をハッキングしている。

地震も誤作動も全部第三国の攻撃と考えるべきだ!」


しかし別の国の代表は首を振った。


「いいえ……何かが地表側から起きているんです。

人工では説明できない現象が多すぎる」


沈黙が流れた。


正解はどこにもない。

ただ、恐怖だけが場を支配していた。



―――


研究室。

イツキは必死に昨夜の現象を解析していた。


地面の膨張、呼吸のような上下動――

それは単なる振動ではなく、

明確な意思のある波にさえ見える。


だが証明はできない。


(そんなバカな。意思って……俺は何を考えてるんだ)


そこへ上司が駆け込んできた。


「イツキ! お前の観測地点近くで、再び地盤データの乱れが出た!」


「えっ……!」


上司は言った。


「しかも……今回は[沈む]方向だ」


イツキの喉がひゅっと鳴る。


昨夜は[息を吸うように膨らんだ]。

今度は――[吐くように沈んだ]。


(吸って、吐いて……?)



データを見てイツキはポツリと呟く……

「周期が……揃いすぎてる。こんな波形、自然界に存在しない」



まるで、呼吸。


イツキの手が震える。


だが彼はこの時まだ知らない。

その[二度目の呼吸]が、

世界にとんでもない誤解を生むことを。



―――


その地盤の沈みは、

別の国では爆発の衝撃波として誤認され、

さらに別の国では新型兵器の地表実験として検出され、

別の国では地下核実験として扱われた。


誰かが攻撃した。

いや、攻撃された。


では反撃は?


世界中の通信室が同時に叫び声に包まれた。



―――


緊急アラートが鳴り響いた。


「中国沿岸で爆発反応!アメリカ軍、緊急態勢へ移行!」


「アメリカ側の反応衛星が自動迎撃モードに入っています!」


「誤作動か!? 本物か!?」


指令室が騒然となる。


アラタは叫んだ。


「待て!誰も撃つな!これは、まだ――」


しかし次の瞬間。

モニターの一角が真っ赤に染まった。


[自動迎撃システムが敵影を検出]


[対抗ミサイル発射]


誤作動で発射されたのか、

本物の敵を誤認したのか、

もはや誰にもわからない。


アラタは頭を抱え叫んだ。


「……最悪だ……[敵]なんてまだ確定もしてないはずだ!」


ミサイルは空へ飛び立った。



世界中の空に轟音が響いたのは同じ瞬間だった。


どの国も相手国が撃ったと思った。


どの国も自分は撃っていないと主張した。


そして、誰一人として

「迎撃システムが勝手に反応しただけ」

という真実に辿りつけない。


——敵はいない。


だが、撃った国はそれぞれの国の中で別々に存在していた。


ドイツではSNSの速報が

「アメリカが先に撃った」

と100万回拡散され、


中国では政府系サイトが

「ロシアが実験兵器を暴発させた」

と報じ、


アメリカでは民間の監視アプリが

「中国沿岸から発射された影」

を勝手に合成し、


中東では宗教指導者が壇上で叫んだ。

「これは神の警告だ。悪しき者が先に剣を抜いたのだ!」


日本では人気YouTuberが

「撃ったのは隣国だと専門筋が言っています」

とライブで流し、

数百万人がそれを事実として受け取った。


——誰も撃っていない。

だが、世界は撃った国を勝手に想像し始めた。


そしてその混乱の中心には、

前回から続く[青い脈動]の観測データが静かに転がっていた。


「これ……もしかして、地球が反応している……?」


学者たちの囁きは、

混乱の渦には届かない。


世界の耳は、怒号と恐怖で塞がっていた。



世界初の[誰も撃っていない戦争]が、

静かに幕を開けた。




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