勇者、謝罪の旅
風が吹いていた。
空は青く、草は柔らかい。
ここにはロード音もBGMもない。
たぶんもう、世界は“ゲームじゃない”。
俺は膝をついて、王様に頭を下げた。
「――本当に申し訳ございませんでした!!!」
「ふむ。元気よく謝るのは良いことじゃな」
「水に沈めました。すみません。
トラップのスイッチにしました。ほんとにごめんなさい。
重しにもしました。十五回でした。心からお詫びを……」
王様は腕を組み、じっと俺を見下ろした。
そして、ふっと笑った。
「まあよい。退屈せなんだしな」
「えっ」
「王とは、民に仕えるものじゃ。
……お主も“世界”に仕えておったのだろう?」
「え……まあ、そんなつもりは……」
「なら、次はこの世界ではなく、“己”に仕えるがよい」
王様はそう言って、空を見上げた。
その横顔は、もうプログラムのデータには見えなかった。
次は魔王の番だ。
山の向こう、真っ黒な城の跡地に立つ。
今はもう崩れていて、ただ風が通るだけ。
魔王は崩れた玉座に腰をかけ、腕を組んでいた。
「……で、わざわざ謝りに来たと?」
「はい」
「愚かだな。人間らしい」
「いや、あんたにそれ言われると褒め言葉なのか皮肉なのか分かんないんですけど」
「どちらでも構わん。
だが――あの退屈なループの中で、お前だけが“違う言葉”をくれた」
魔王は笑った。
皮肉でも威圧でもなく、
まるで古い友に向けるような笑みだった。
「おかげで、私も“退屈”を理解できた」
「それ、褒めてます?」
「さあな」
二人で笑った。
風が抜け、崩れた塔の影が長く伸びる。
夕暮れ。
焚き火を囲んで三人で座る。
王様はマントの裾を直し、
魔王は木の枝で火をつつき、
俺は頭を下げ続けている。
「――というわけで、改めてお詫び申し上げます」
「勇者、よく頑張った」
「ふむ。だが、償いの心は忘れるでないぞ」
「はい……」
火の粉が夜空に散る。
もう、世界はリセットされない。
それが、こんなに静かだとは思わなかった。
「なあ陛下」
「なんじゃ」
「これから、どうします?」
「うむ。温泉でも掘るか」
「また沈める気だな」
「はっはっは、懐かしいのう!」
「……勇者」
魔王がぽつりと呼んだ。
「お前はもう“倒す対象”じゃない。
だが――次に退屈したら、また遊びに来い」
「……ああ。今度は普通に飯でも食いながら話そう」
「酒も用意しておけ」
「勇者、わしにも菓子を所望するぞ」
「……はいはい、了解です陛下。魔王さん。了解ですよもう」
三人の笑い声が、風に溶けていった。
夜が明ける。
太陽が昇る。
誰も命令を発しない朝。
王様は、穏やかに言った。
「勇者よ――お主が居てくれて、良かったぞ」
魔王も、軽くうなずいた。
「まったく、愚かで退屈知らずな奴め」
俺は笑った。
そして、心の中で小さく呟いた。
「こちらこそ。……今まで、ありがとう」
お読みくださり、ありがとうございました!
「毎回戻される世界」で、勇者たちがどうやって“前に進む”のかを書き切れて、とても幸せです。
最後までお付き合いいただいた方へ、心からの感謝を。
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番外編なども作成予定です。




