王様、温泉を楽しむ
――今日も始まった。
リスポーン地点、魔王城前。
「また愚かな人間がやってきたな!」
「勇者よ、魔王を倒すのじゃ!」
「おはようございます陛下。今日もハモってますね」
俺は剣をぶん、と一振りし、構えを解く。
「さて、本日の目的地はこちら――温泉(っぽい何か)です!」
温泉といっても、正確には村外れの水場バグ地帯だ。
昔から存在は知ってたが、マップ境界の判定がズレてるせいで、
地面の下に“水っぽい透明床”がある。
勇者が落ちても溺れず、
NPCは“泳ぐ”モーションに入る。
つまり、湯に浮かぶ王様ごっこができる。
「勇者よ、魔王を倒すのじゃ!」
「うん、わかってる。でもたまには休みましょう。
陛下、そろそろお疲れでしょう? ほら、記念すべき外出100回目ですし」
俺は玉座ごと王様を水辺に押し出した。
――ちゃぽん。
「勇者よ、魔王を……」
ぷくぷく。
「……沈みましたね」
魔王が後ろから見下ろしている。
「愚かな人間どもよ!」
「そうそう。バグ遊びってこういうもんだよ」
俺は笑って、水面に手を突っ込む。
テクスチャ越しに、王様のマントがゆらゆらと揺れていた。
それから数日(ループ換算で十五回)ほど、
俺は王様と魔王を連れて“観光”していた。
王様は動かず、魔王は喋らず、
でもそれが妙に落ち着く。
城下町の門番の前で写真を撮るフリをし、
教会の祭壇で王様を十字架ポーズにして飾り、
お気に入りの景色を眺め、
魔王の追尾を使って鬼ごっこをし、
モンスターの巣穴に魔王と共に視察ごっこもし、
魔王のセリフを吹き替えごっこに使う。
完全にデバッグ勇者のテーマパークを今日も楽しんでいた。
――けれど、今日の負荷は高かった。
画面の端に、時折ノイズが走る。
風景が一瞬で切り替わり、王様のマントがフレームごとに滲む。
「……陛下、もしかして疲れてます?」
「勇者よ、魔王を倒すのじゃ!」
「それ、いつもよりワントーン低いですよ」
「勇者よ、魔王を倒すのじゃ!」
セリフのピッチが、ほんの少しずつ崩れていく。
まるで、壊れたテープが伸びていくように。
「ね、ほんとに疲れてるでしょ」
王様は相変わらず動かない。
でも、沈みかけたマントの裾が
わずかに波を立てた。
魔王も、その場に立ち尽くしている。
瞳のハイライトがちらつき、声のトーンが不安定だ。
「……愚かな……人間……どもよ……」
声が歪んでいる。
処理が追いついていない。
周囲のテクスチャが崩れ始めた。
空が黒と白のブロックに分割され、
地面が一枚ずつ剥がれて落ちていく。
響く警告音。
空にはロードバー。
同時に、王様と魔王のセリフが重なった。
「ゆ……う……しゃ……」
「……また……きたな……」
ノイズが爆発する。
光があふれ、風が逆流する。
「おいおい、やばいって! システム落ちるぞ!」
俺は必死に二人のもとへ走る。
けれど、足場が抜ける。
王様が微笑んだ――気がした。
魔王の輪郭がノイズに飲まれる。
「勇者よ……ま……た……」
「……また……な……」
光が、すべてを包んだ。
「……湯加減は……よかったぞ……」
――それは、優しいノイズだった。




