魔王と王様、裏世界へ行く
――今日も始まった。
リスポーン地点、魔王城前。BGM「運命の対決」。
「また愚かな人間がやってきたな」
「はいはい、朝の挨拶ありがとう」
もうこの世界で、俺に挨拶してくれるのは魔王だけだ。
王様? もちろん今日もいる。
なにせ、連行回数73回目の常連客だ。
「勇者よ、魔王を倒すのじゃ!」
「了解です陛下。では本日も魔王観戦ツアーへようこそ」
玉座ごと転送。
”掴む”連打で王様を壁抜けさせ、後ろに引きずる。
このルート、もう手慣れたもんだ。
ついでに、道中のモブにも挨拶しておく。
「おばあさん、今日も“魔王を倒してきておくれ”ですか? はいはい、セリフ確認完了。合格」
「兵士くん、毎日同じ位置で待機、ご苦労さま。ストレッチしなよ。動けないけど」
「神官さん、あいかわらず“神の加護を”って言うだけ。加護、届いてませんよ?」
返事は、もちろんない。
でも、もう慣れた。
この世界は“俺以外、録音テープ”だ。
俺は剣を構え……ず、
壁の隙間に体を押し込んだ。
――ガコン。
「よし、抜けた!」
背景の黒い空間を抜け、床の裏に落ちる。
落ち続けて、落ち続けて……やがて、着地。
そこは灰色の地平。テクスチャ未設定の世界。
空には「MAP_ERROR」と白文字が浮かんでいる。
「……懐かしいなぁ」
昔、バグ動画で見た場所。
それが、今は俺の散歩コースだ。
後ろで、なにかがドサリと音を立てた。
「……え?」
振り返ると、いた。
――魔王が、落ちてきていた。
「また愚かな人間がやってきたな」
「うわ、マジでついてきた!? おいおい、追尾範囲どうなってんだ」
どうやら、“勇者が戦闘エリアにいる”と判定されてるらしい。
つまり、どこまでも追ってくる。
追尾モード根性がありすぎる。
その横で、玉座が軽く着地音を立てた。
「勇者よ、魔王を倒すのじゃ!」
「ほら、陛下も一緒。家族旅行ですね!」
「勇者よ、魔王を倒すのじゃ!」
「いや~、毎日言ってくれると安心しますね。モーニングルーチンですよ」
俺は笑って、灰色の地平を歩き出した。
王様、玉座ごと滑走中。
魔王、定位置のまま追尾中。
シュールの極みだ。
三人で歩く。
足音は鳴らない。
地面は反射も影もない。
俺は無意味に話しかけ続けた。
「ここがね、勇者が最初にバグ落ちした座標。記念碑でも建てたいな」
「愚かな人間どもよ!」
「それな。ほんと愚かだよな。何百回も同じとこ歩いてる」
「勇者よ、魔王を倒すのじゃ!」
「はい出ました、安定のセリフ。今日も調子良さそうですね陛下」
「我が力にひれ伏せ!」
「はいはい、もう十分伏してますって。床の下だし」
「……馬鹿な……我が……」
「え、いまそれ言う? タイミング下手か!」
俺は笑った。笑って、ふと気づく。
――あれ?
そのセリフ、通常は“敗北時”しか出ないはずだ。
でも、戦闘してない。今は、ただ歩いてるだけだ。
「……おい、魔王」
ノイズが走る。
魔王の姿が一瞬だけ、ブレた。
「……ま……た……」
音が途切れ、元のポーズに戻る。
「愚かな人間どもよ!」
「……だよね」
俺は笑いながら、なぜか泣きそうだった。
王様がいつもの声で告げる。
「勇者よ、魔王を倒すのじゃ!」
「はいはい、でも今日は倒さない。観光ですから」
世界の端が歪む。
もうそろそろループが終わる。
リセットだ。
視界が白くなる中で、
俺は魔王と王様のほうを振り返った。
「なあ、次のループでも――また来るわ」
「また愚かな人間がやってきたな!」
「勇者よ、魔王を倒すのじゃ!」
完璧なハモりだった。
俺は笑って、光の中へ飛び込んだ。




