表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世間知らずの我が儘姫は、強気を武器に生きていく  作者: まあく
第2章 我が儘姫、決意する
7/10

2-2

 モーリスを味方にすることに成功したセレスティーヌは、上機嫌で自分の部屋へと向かった。

 時刻はちょうど正午。昼食は部屋で取ると伝えてあるので、もう準備は終わっているはずだ。

 到着と同時に、付き従っていた二人のメイドが素早く両開きの扉を開く。


「セレスティーヌ殿下がお戻りになりました」


 セレスティーヌが部屋に足を踏み入れた。

 その途端。


「あの、セレスティーヌ様、お話が」


 お付きのメイドを束ねるメイド長が、神妙な顔で言った。

 セレスティーヌの顔があっという間に不機嫌になる。間違いなくメイドの誰かがミスをしたのだ。


「誰が、何をしたのですか?」


 冷たい声でセレスティーヌが聞いた。

 メイド長が、前で揃えた両手を強く握る。

 覚悟を決めたその顔が、震える声で答えた。


「メイドの一人が、料理を運んでいたワゴンを倒してしまいました。改めて昼食の準備をしておりますので、どうか今しばらく」

「ワゴンを倒したのは誰ですか?」


 セレスティーヌにごまかしはきかない。

 ミスをした者をセレスティーヌが許すことはなかった。


「それは」

「その者を庇うというのなら、あなたも同罪とみなします」


 氷のような視線がメイド長に向けられる。

 メイド長が顔を上げた。

 そして、悲壮な表情で答えた。


「ワゴンを倒したのは、私……」

「セレスティーヌ様!」


 突然、メイド長の声を遮るように後ろから大きな声がした。


「急用がございます。こちらにお越しください」


 声の主は、アンナだった。


「急用ですって?」


 不機嫌さを増したセレスティーヌが、目を吊り上げてアンナを睨む。

 誰もがひれ伏す強烈な視線。貴族でさえもその視線に耐えられる者はいなかった。

 それを、アンナは真正面から受け止めた。


「急用です。とにかくこちらへ」


 毅然と言い切るその顔は、アンナがこれまで見せたことのない表情だった。


「……分かりました」


 メイド長をひと睨みし、ドレスを翻してセレスティーヌが向きを変える。

 立ち尽くすメイド長にアンナが言った。


「昼食の準備は進めておいてください。お話が終わり次第、セレスティーヌ様はお戻りになります」


 ついてこようとするメイドたちを手で制し、セレスティーヌを導くように、前に立ってアンナが歩き出した。

 向かったのは、すぐ隣にあるアンナの部屋。セレスティーヌを中に入れると、しっかり扉を閉めて、アンナはセレスティーヌと向かい合った。


「で、急用というのは何なのかしら?」


 相変わらずの不機嫌顔でセレスティーヌが聞く。

 セレスティーヌに椅子を勧めることもなく、立ったままアンナが言った。


「先ほどのメイド長に対する振る舞いは、非常によろしくないと思います」

「何ですって!?」


 セレスティーヌが甲高い声を上げた。

 直後、ハッとしたように口を閉ざす。

 慌てるセレスティーヌに、アンナが険しい顔で言った。


「メイドたちは、日々緊張感をもってセレスティーヌ様にお仕えしております。細心の注意を払い、一生懸命仕事をしているのです」

「そんなこと当たり前ではありませんか」

「最後まで話を聞いて下さいませ」


 口を挟むセレスティーヌをアンナが黙らせた。


「全力を尽くしてお仕えする。それでも、やはりミスをすることはあるのです。それは、人である以上避けられないことです」

「だから許せと言うのですか?」


 最後まで聞けと言われたのに、セレスティーヌはまた口を挟んだ。心に根付いた性質は、一朝一夕で変わるものではなかった。


「セレスティーヌ様、よくお聞きください」


 アンナが粘り強く続ける。


「国の威信に傷を付けるとか、セレスティーヌ様に危害が及ぶとか、そういう大きな過ちは、きちんと罰する必要があるでしょう。また、何度も同じミスを繰り返す場合なども、罰を与えてよいと思います」


 諭すようにアンナが言う。


「ですが、あの程度のミスを強く責めるのは、メイド長やミスをしたメイドを傷付けるばかりでなく、忠誠心を失わせてしまう可能性があるのです」

「あの程度ですって?」


 やはりセレスティーヌは黙っていられなかった。


「わたくしの昼食の準備ができていなかったのですよ。それをあの程度で片付けるなんて」

「庶民の中には、貧しくて昼食が食べられない者たちもいるのです」

「!」


 セレスティーヌが目を見開いた。


「一日三回食事を取ることができる。それがどれほど恵まれていることか、セレスティーヌ様はお分かりでしょうか」


 アンナの言葉で、セレスティーヌは沈黙した。


「昼食を食べることのできない庶民でも、税金は払っています。その税金で王族の生活は成り立っているのです。セレスティーヌ様、あなたはこの事実をどうお考えになりますか?」


 アンナがセレスティーヌに迫る。


「庶民の暮らしを守ることが王族の務めであると、常々セレスティーヌ様はおっしゃっています。そのあなたが、庶民の暮らしに思いを巡らせることもなく、たった一度の昼食のことで、日頃尽くしてくれているメイドを責め立てる。それは正しい行いなのですか?」


 冷静な指摘にセレスティーヌが怯んだ。


「ミスはミスです。それを叱ることは必要でしょう。ですが、執拗に責め立ててメイドの心を折り、その忠誠心を挫くことは、王族としてあるべき姿なのでしょうか」


 セレスティーヌが、うつむいた。


「セレスティーヌ様のお側にいる者の中に、素性の知れない者などおりません。貴族の身内や縁者、または信頼できる筋から推薦された者ばかりです。そのメイドたちを、セレスティーヌ様は取るに足らない理由で何人も解雇してきました。それがどんな結果を生むか、セレスティーヌ様はお考えになったことがございますか?」


 うつむいたまま、セレスティーヌが目を見開く。


「今朝のセレスティーヌ様のお言葉を、私はとても嬉しく思ったのです。同時に、私は反省いたしました。これまで私は、セレスティーヌ様に正面から向き合ってこなかったのだと」


 乳飲み子の時から、実の母親以上に長くセレスティーヌに接してきた。

 そのアンナが、初めてセレスティーヌの心に踏み込んでいく。


「今のままでは、セレスティーヌ様の周りに敵が増えていくばかりなのです。どうか広い心をお持ちください。広い視野で世界をご覧ください」


 アンナが、セレスティーヌの前で両膝を折った。


「セレスティーヌ様。私はあなたのことが心配なのです。私は、あなたのことが……」


 続きは言葉にならなかった。

 両手で顔を覆ってアンナが泣く。肩を震わせ、喉を引き攣らせてアンナは泣いた。


 その姿を、セレスティーヌは呆然と見つめた。

 頭をハンマーで殴られたような衝撃で、何も言葉が出てこなかった。


 アルフォンスにも似たことを言われてはいたが、その何十倍も胸を抉られた。

 激しい動揺と激しい後悔。

 セレスティーヌは、自分がいかに愚かな行いをしてきたのかを思い知った。

 同時に、どれだけアンナを心配させてきたのかも知った。


 アンナと同じく両膝を折って、セレスティーヌが声を掛ける。


「アンナ。わたくしが間違っていました」


 顔を覆っていた手を外して、アンナが顔を上げた。


「わたくしは、やはり世間知らずの我が儘姫なのですね」


 目を真っ赤にしたアンナがセレスティーヌを見つめる。


「アンナ。これからも遠慮なくわたくしを叱ってください。わたくしも、アンナに心配を掛けないよう気を付けます」

「セレスティーヌ様!」


 再び溢れ出す涙を、セレスティーヌがハンカチで拭った。


「アンナ。あなたがいてくれて本当によかったわ」

「セレスティーヌ様!」


 アンナがセレスティーヌを抱き締める。

 それを優しく抱き留めて、セレスティーヌは優しく微笑んだ。


「わたくしは部屋に戻ります。あなたは落ち着くまでここにいなさい」


 アンナから体を離し、その涙をもう一度拭いて、セレスティーヌが立ち上がる。

 瞬間、なぜか唐突にアルフォンスの顔が思い浮かんできた。

 その顔をセレスティーヌが睨み付ける。


「見ていなさい、アルフォンス」


 小さく小さく呟いて、セレスティーヌはアンナの部屋を出ていった。




「あ、お戻りです!」


 扉の前に控えていたメイドが慌てて中に声を掛ける。


「おかえりなさいませ」


 メイドが恭しく扉を開けた。

 中に入ると、メイド長以下セレスティーヌ付きのすべてのメイドが並んでいた。食事の準備はすでに出来ていて、食べ物には保温用のフードカバーが被せてある。


「セレスティーヌ様!」


 突然メイドの一人が前に進み出た。


「ワゴンを倒したのは私です。メイド長は何も悪くありません。罰するなら、どうか私だけにしてください!」


 深く深く頭を下げてメイドが言う。

 あまりに深く下げているので、顔がまったく分からない。


「あなたは」


 セレスティーヌが話そうとした瞬間、別の声がした。


「いいえ、私が事前に注意しなかったせいでございます。責任は私にあります」


 メイド長も深く頭を下げた。こちらも表情が見えないほど大きく腰を折っている。

 ほかのメイドたちも、二人にならうように頭を下げた。


 恐れと怯え。

 そして、そこに混じる不満の気持ち。


 その感情に気付くことができたのは、まさにアンナのおかげだろう。

 メイドたちに覚られぬよう、セレスティーヌはそっと深呼吸をした。

 そして、慎重に声を掛ける。


「皆、顔を上げなさい」


 なるべく穏やかに言ったつもりだったが、染みついた性質はすぐに変わらない。思ったより低い声が出てしまった。

 ビクビクしながらメイドたちが顔を上げる。

 コホンと咳払いをしてから、セレスティーヌが言った。


「ここにいる皆は、いつもよくやってくれています。わたくしは、それに感謝をしています」


 全員が目を丸くした。

 あまりの驚きに、何人かは口を半開きにしている。


「メイド長。先ほどは厳しいことを言ってしまいましたが、わたくしは、あなたの忠誠を疑ったことはありません。これからも、皆を束ねて仕事に励んでください」

「は、はい!」


 まるで新人のようにメイド長が返事をした。


「そして、あなた」

「はい!」


 ワゴンを倒したメイドが全身を硬直させる。


「名は何というのですか?」

「オ、オレリアと申します!」


 名乗ったメイドの顔を、セレスティーヌがじっと見つめた。

 これまでセレスティーヌは、メイドの顔も名前も気にしたことがなかった。

 はじめてまともに向き合うその顔は、見事なまでに悲壮感で溢れている。

 威圧感を与えぬよう、努めて静かな声でセレスティーヌが言った。


「オレリア。食事を無駄にしたことは、決してよいことではありません。ですが、あなたもわざとしたのではないのでしょう?」

「もちろんです!」


 大きな声でオレリアが答える。


「ならば、あなたを罰する必要はありません。これからは気を付けなさい」


 オレリアの口が、ポカンと開いた。


「これでこの件はおしまいです。わたくしはお腹が空きました。冷めないうちに食事をいただくことにします」

「かしこまりました!」


 メイドたちが動き出した。

 椅子を引き、ナプキンを用意し、フードカバーを外し、ワゴンの鍋からスープをよそう。

 戸惑いと緊張が満ちる部屋の中で、スープを一口飲んだセレスティーヌが、ふいに言った。


「このスープ、とても美味しいですわね」


 そこにいる全員が、驚愕の表情を浮かべて固まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です(^^) アンナさんみたいな方がいてくれるのは素晴らしいことですね。 それでも聞く耳を持たなければ宝の持ち腐れになってしまうので、ちゃんと受け止めたセレスティーヌ様もえらいです! ち…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ