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世間知らずの我が儘姫は、強気を武器に生きていく  作者: まあく
第1章 我が儘姫、悪魔と出会う
5/10

1-5

 セレスティーヌの体がガタガタと震える。

 その姿は、恐怖に怯えるただの少女だ。

 容赦なく問いを浴びせ続けていたアルフォンスが、それを見て黙った。


 部屋が静まり返る。沈黙の時間が過ぎていく。

 五分か、十分か。

 時間の感覚を失っていたセレスティーヌの耳に、アルフォンスの声が聞こえた。


「もう一度聞く。お前は、この国を立て直す気があるか?」


 セレスティーヌは答えられなかった。


 初めて聞いたこの国の闇。

 あり得ない税率と横行する賄賂。

 そして、蓄積された民の不満。

 真偽は分からない。じつはアルフォンスが嘘を言っているだけなのかもしれない。


 だが、セレスティーヌにはすべてが本当のことだと思えた。

 すべてが真実だと直感的に覚ってしまった。


「さすがのお前も、少しは分かったみたいだな」


 明らかな嫌味だが、言葉を返す気力はない。


「もしも、だが」


 ふいに、アルフォンスが別の問いを投げ掛けた。


「お前ならこの国を立て直すことができると言ったら、それを信じるか?」


 セレスティーヌが顔を上げた。

 虚ろな瞳がアルフォンスを見上げる。

 その目をアルフォンスが見据えた。


「お前が我が儘なのは事実なんだろう。世間知らずっていうのも、どうやら間違いなさそうだ。まさに噂通りの我が儘姫ってところだな」


 相変わらず敬意の欠片もない言葉だ。

 しかし、その腹立たしい言葉がセレスティーヌの頭脳を動かした。


「噂通りとはどういう意味ですか。そんな噂があるはず」

「流れているのさ。しかも国中にな」


 セレスティーヌが目を見開く。


「国中の民が、わたくしを我が儘だと言っているのですか?」

「そうだ」


 アルフォンスがはっきり肯定した。


「前にも言ったが、俺はこの国の人間じゃない。だが、この国に入った途端、あちこちでお前の話を聞いた」


 セレスティーヌの目がさらに広がった。


「だがな」


 言葉を失うセレスティーヌに、アルフォンスが言う。


「それは恐ろしく不自然なことだと俺は思っている」

「不自然?」

「そう、不自然なんだ」


 アルフォンスが頷いた。


「お前の残念な行動は、普通は隠されるものだからだ。それは王族の恥だからな」

「恥ですって!?」

「いいから聞け」


 大きな声をアルフォンスが遮る。


「貴族の間や王宮の中、あるいは王都内でなら、お前の噂が囁かれることもあるだろう。しかし、それが地方の民にまで広まっているのは、明らかに何かの意図を感じる」


 セレスティーヌは驚き、そして何かを考え始めた。その瞳は、揺れることなく一点に集中している。

 その姿をしばらく見ていたアルフォンスが、口を開いた。


「この間のお忍びの時、お前は、街にお触れが出ていることも、騎士が密かに警護していたことも知らなかったんだろう?」

「そう、ですね」

「あんなことをすれば、民から反感を買うことは分かり切っている。お前への配慮にしてもやり過ぎだ。あれはまっとうな家臣の考えることじゃない」

「では、誰かがわたくしの評判を落とすためにしたということですか?」

「その可能性があるということだ」


 深紅の瞳がセレスティーヌを見つめる。


「南の民が二度も続けて反乱を起こしたことにも不自然さを感じる」

「それも不自然なのですか?」

「不自然だ」


 アルフォンスが頷いた。


「民というのは、余程追い詰められない限り反乱を起こすことはない。だが、南の民がそこまで追い詰められていたとは思えない」


 アルフォンスが言葉に力を込めた。


「この国は、周辺諸国と比べてあらゆる点で恵まれているんだ。交通の要衝にあって商業が盛んな上に、南部には広大な穀倉地帯がある。国土の大部分は温暖な気候で、民の性質は元来穏やかだ。北は大河、西は山脈で守られているし、東のアルザン王国は昔から領土拡張に関心がない。唯一南側には警戒が必要だが、建国直後のクラルモ共和国に他国を侵略する余裕なんてないだろう」


 アルフォンスの知識と見識に驚くが、セレスティーヌは黙って続きを待った。


「俺はこの国の東西南北すべての地方に行ってみたが、多くの死者が出るほど民が飢えているとか、疫病や洪水で困窮しているとか、そういう光景を見たことがない。それは南部でも同じだ」

「そうなのですか?」

「そうだ。役人が不正を働いているのは事実だし、地方によって高い税金が取られているのも事実だが、それで反乱が二度も起きるのはどうかと思う」


 セレスティーヌが身を乗り出した。


「では、反乱は仕組まれたものだというのですか?」

「おそらくな」


 アルフォンスも身を乗り出した。


「誰かが強引に歴史を再現しようとしている。民の恨みをお前に向け、王族の権威を落とし、民を救う英雄として兵を揚げて政権を奪う。そういうことを企んでいるやつがいるのかもしれない」


 衝撃的な話だった。

 あり得ない、と否定したいところだが、アルフォンスの話は恐ろしく筋が通っている。


 セレスティーヌが眉間にしわを寄せて考え込んだ。

 そのセレスティーヌに、アルフォンスが思い掛けないことを言った。


「とまあ、以上は俺の推察だ。王族ともあろう者が、一人の男の言葉を信じて行動するなんて、愚かの極みだぞ」

「何ですって!?」


 セレスティーヌが激しく顔を上げた。


「世間知らずのお前に、俺の言葉の真偽を見極めることなんて出来やしないだろう?」

「馬鹿にしないで!」


 強気に言い返すが、内心ではセレスティーヌも自信などない。

 後が続かないセレスティーヌにアルフォンスが言った。


「今日はこれで帰れ。そして、俺の話の裏付けを取るんだ」

「裏付け? そんなものどうやって」

「それは自分で考えろ」


 突き放されてセレスティーヌが唇を噛む。

 これほど軽く扱われたことは生涯で一度たりともなかった。

 悔しさと腹立たしさで、うまく言葉が出てこない。

 そんなセレスティーヌに向かって、アルフォンスがさらに気にくわないことを言った。


「ただし、我が儘姫が急に政治に興味を持てば、それこそ不自然だ。とくに”企む者”にとっては面白くない事態だろう」

「ではどうしろと言うのですか」

「それも自分で考えろ」


 セレスティーヌの目が吊り上がるが、そんなことでアルフォンスが怯むはずもない。


「考えてから行動する癖を付けるんだ。人をよく観察しろ。未来を予測しろ。未来から今を見るようにしろ」

「何を偉そうに!」


 不愉快でセレスティーヌが顔を歪めた

 そのセレスティーヌに、アルフォンスが唐突に言う。


「あの小僧、セドリックだったか? あいつはなかなか賢い子だ。大切にしろよ」

「あなたに言われる筋合いはありません!」


 自分を睨むセレスティーヌを見て、アルフォンスがにやりと笑った。


「最後に一つ言っておいてやる。お前は、悪気なく敵を作る天才だ。お前の周りは敵だらけだと思った方がいいぞ」

「な、な、な……」


 あまりの怒りにセレスティーヌが全身を震わせる。

 侮辱に侮辱を重ねられて、ついに堪忍袋の緒が切れた。


「この無礼者!!!」


 今日一番の叫び声を上げてセレスティーヌが立ち上がった。


「一体何様のつもりですか! 調子に乗るのもいい加減にしなさい!」


 窓ガラスが震えるほどの大声が響き渡った。

 直後。


「セレスティーヌ様!」


 アンナが部屋に飛び込んできた。その勢いのままアルフォンスとセレスティーヌの間に割って入ると、手に持った短剣を鞘から抜き放つ。

 その顔は、まさに決死の表情だ。


 目の前に短剣を突き付けられて、だが、アルフォンスは平然と笑った。


「なんだ、ちゃんと味方もいるんだな」


 楽しそうにそう言うと、アンナの向こうのセレスティーヌを見る。


「この女と小僧は、お前の得がたい仲間になるはずだ。二人を頼れ。それと、二人にちゃんと叱ってもらえ」

「お黙りなさい!」


 セレスティーヌがまた怒鳴る。

 アルフォンスが、また笑う。


「とにかく今日は帰れ。そして、頭を冷やしてよく考えるんだ」


 セレスティーヌの怒りもアンナの短剣も気にすることなく、まるで虫でも追い払うように、アルフォンスが手をヒラヒラとさせた。




 肩を怒らせたままアンナの実家に戻ったセレスティーヌは、着替えの最中も、髪を梳かしている間もずっと文句を言い続けた。

 それでも、アンナの入れたお茶を飲み終える頃にはどうにか平常心を取り戻す。


「王宮に戻ります。馬車の用意を」


 アンナに指示する声は、すでに冷静だった。


 馬車に乗り込んだセレスティーヌは、扉が閉まった途端、眉間にしわを寄せて何かを考え始めた。その顔が、ふとセドリックに向けられる。


「セドリック」

「はい!」

「お前は、あの男についてどこまで知っていますか?」

「はい、えっと」


 知っているも何も、セドリックは一度しかあの男と会ったことがない。そもそも、セドリックを使いとして出したのはセレスティーヌだ。

 質問の意図を図りかねて、セドリックが探るように上目遣いになる。

 それをじっと見ていたセレスティーヌが、意外なことを言った。


「わたくしは、あの男の名前くらいしか知らないのです」

「そうなのですか?」


 セドリックが目を見開いた。


「知っていることがあれば、何でもいいから教えなさい」

「かしこまりました」


 戸惑いながらもセドリックが答えた。


「あの人は、国外から来たようです。目的のない旅の途中だと言っていました」


 目的のない旅の途中。

 ということは、いずれまた旅立つのだろうか。


「身なりは粗末ですが、あの人は、おそらく平民の出ではないと思います」

「なぜそう思うのですか?」


 セレスティーヌが鋭く聞いた。その声で、セドリックが怯えるように目を伏せる。

 セレスティーヌの嫌いな態度だ。瞬時に怒りが込み上げてきた。

 しかし、セレスティーヌはそれをぐっと堪える。


「どんな答えでも構いません。思うままを言いなさい」

「はい」


 顔を上げ、だが目は伏せたままセドリックが答えた。


「姿勢がとてもよいと思ったのです。平民は、商人にしても職人にしても農民にしても、手元や地面を見ることが多いので、自然と首が前に出たり猫背になったりします。ですが、あの人は背筋が真っ直ぐ伸びていて、常に前を見ているように思えました」

「なるほど」


 セレスティーヌが頷く。


「それから、考え方が平民とはまるで違います」

「どう違うのですか?」

「平民は、目的なく旅をすることなどしません」


 それは、たしかにそうかもしれない。


「それと、言葉使いは乱暴ですが、無法者のそれではありません。スラムで使われている俗語は一切使いませんし、語彙も豊富です。受け答えも理知的で、高度な教育を受けている人だと感じました」


 悔しいが、それは納得できる。


「あの男とどんな話をしたのですか?」

「話というより、質問に僕が答えるという感じでした」

「質問とは?」

「僕の生い立ちや、殿下にお仕えすることになった経緯などです」

「それだけですか?」

「いえ、ほかにも」


 セドリックが突然言い淀んだ。

 中途半端な言葉にまたも感情が反応し掛けたが、それをセレスティーヌは押さえ込む。


「わたくしは絶対に怒りません。ですから正直に言いなさい」

「……かしこまりました」


 ちらりとセレスティーヌを見たセドリックが、恐る恐る続けた。


「あの人は、殿下について知りたがっていました。性格や、日頃の行動など」


 途端にセレスティーヌの顔が不機嫌になる。


「申し訳ありません!」


 セドリックが体を縮めて下を向いた。

 セレスティーヌが、唇を噛んだ。


 覚られないようそっと息を吐き出し、努めて静かにセレスティーヌが言う。


「わたくしは怒ってなどいません。顔を上げて、続きを話しなさい」


 セドリックがそっと顔を上げるが、その目は明らかにセレスティーヌの言葉を疑っている。

 それを見て、セレスティーヌが強く言った。


「わたくしは、セレスティーヌ・ド・ベルクール。怒らないと言った以上、あなたが何を言おうと怒ることはしません。この名に懸けて誓います」


 セドリックが驚いた。

 隣のアンナも驚いていた。


「ですから、安心して続けなさい」

「はい」


 セドリックが姿勢を正した。


「それで、その問いにあなたはどう答えたのですか?」


 覚悟を決めてセドリックが答えた。


「殿下についての質問は、答える立場にないと言ってすべて断りました」

「そ、そうなのですか?」


 今度はセレスティーヌが驚いた。

 瞬間、アルフォンスの言葉を思い出す。


 あいつはなかなか賢い子だ。大切にしろよ


 セドリックを頭の悪い子だと思ったことはなかったが、さりとて賢いと思うこともなかった。


 自分はセドリックのことを分かっていなかったのだろうか


 またも嫌な気分になったが、気を取り直してセレスティーヌが聞く。


「あの男の瞳については、何か話をしましたか?」

「はい。瞳の色は生まれつきだと言っていました。あの人の故郷でも赤い瞳は悪魔の象徴らしく、子供の頃はいろいろあったようです」


 周辺地域に広く伝わる伝承。世界を滅亡に導く、狡猾で残虐な悪魔の話。その悪魔は、血を思わせる深紅の瞳を持つという。

 最初に男の瞳を見た時、セレスティーヌでさえ体がすくんだ。


「普段は帽子やフードを深く被ったり、盲目の振りをしたりしているらしく、どこに行っても苦労すると笑っていました」


 そう言うと、セドリックが小さく笑った。

 その笑みが、セレスティーヌの心にチクリとトゲを刺す。


 一体何を思って笑ったというのか。

 自分の前では笑うことなどしないくせに。


「一度しか会っていないのに、お前はずいぶんあの男と親しくなったのですね」

「あ、いえ、そんなことは」


 セドリックの顔から笑みが消えた。

 そして、また怯えるようにうつむく。


「あなたを責めているわけではありません。顔を上げなさい」


 言われても、セドリックが顔を上げることはなかった。

 セレスティーヌが顔を歪める。

 その時、アンナが無理矢理割って入ってきた。


「セレスティーヌ様、まもなく王宮に到着します。ご準備を」


 アンナをキッと睨み、拳を強く握ったセレスティーヌが、小さな声で言った。


「わたくしは」


 その続きはなかった。

 この後セレスティーヌは、自分の部屋に入るまでただの一言も発することがなかった。




 第一章 了


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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です(^^) アルフォンスさんについての情報が少しずつ出てきますが、わかった分だけ余計に新たな謎が増えるというか、どこまでもミステリアスな御方です。 セドリックくんは本当に賢いですね。 …
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