表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世間知らずの我が儘姫は、強気を武器に生きていく  作者: まあく
第1章 我が儘姫、悪魔と出会う
4/10

1-4

「よく来たな、姫様」


 相変わらずの無礼な言葉を無視して、セレスティーヌは部屋に足を踏み入れる。そして後ろ手に扉を閉めながら、窓際に立つ深紅の瞳を鋭く見た。

 そのセレスティーヌに、男がいきなり聞いた。


「椅子とベッド、どっちがいい?」

「ど、どういう意味ですか!?」


 警戒心剥き出しでセレスティーヌが声を上げた。

 その反応が予想外だったのだろう。驚きながら男が言う。


「椅子が一つしかないから、どっちに座るのがいいかと聞いたつもりだったんだが」

「……」


 セレスティーヌの頬が赤く染まった。

 気丈に振る舞ってはいるが、セレスティーヌは間違いなく緊張していた。過剰に反応してしまった自分に腹を立てたセレスティーヌは、不機嫌な顔で男に近付くと、椅子を引き寄せてそれに座る。

 男が苦笑しながらベッドに腰掛けた。


「悪いが、茶も菓子も用意していない」

「必要ありません。そんなことより」


 セレスティーヌが男を睨む。


「わたくしは、セレスティーヌ・ド・ベルクール。この国ベルクール王国の第二王女です。さあ、あなたの名を教えなさい」


 先にセレスティーヌが名乗った。

 驚いて男が目を見開く。

 その顔をわずかに緩ませ、背筋を伸ばして男が答えた。


「アルフォンスだ」

「姓はないのですか?」

「それはどっちでもいいだろう」


 はぐらかされて、セレスティーヌの顔に不満が溢れる。


 王国でも周辺諸国でも、一般市民が姓を持つことはほとんどない。国家に貢献した者が、稀に王から与えられるくらいだ。

 姓の有無で出自が分かる。男がこの国の民でなくとも、出身や身分が分かる可能性があるのだ。


 まともに答える気がない男を見て、セレスティーヌは追求を諦めた。


「では、アルフォンス。先日あなたが言った、この国が云々という話を聞かせなさい」


 セレスティーヌが深紅の瞳を挑むように見る。

 あの日、セレスティーヌの耳元で、アルフォンスはこう言った。


 このままだとこの国は滅びる。だが、それを防ぐ方法はある

 それが聞きたければ、一人で会いに来い

 俺がいる場所は……


 思い出すだけでも腹が立つ。

 この国の民でもない男が、国が滅びるとなどと世迷い言を吐き、その上国を救う方法を教えてやると言ってのけたのだ。

 だが、その言葉がセレスティーヌの闘志に火を点けた。


 男を跪かせることを決意したセレスティーヌは、その日のうちに書庫へと向かった。そして、南で起きた二度の反乱についての報告書を確認した。

 反乱はどちらも農民が起こしたものだった。一つは灌漑事業の遅れへの抗議のため。もう一つは、医療機関の未整備に対する抗議のため。いずれも、中央から役人が出向いて農民と話し、短期間で収束している。

 それ以降、他の地域も含めて不穏な動きはなかった。南で起きた反乱は、極めて限定的な事象だったのだ。


 この国が滅びる前兆などない。

 自分は亡国の姫などではない。


 それを確信したセレスティーヌは、男に己の傲慢さを思い知らせるためここに来たのだ。


 強気なセレスティーヌを見て、アルフォンスがまた苦笑する。

 その顔を引き締めて、アルフォンスが聞いた。


「いちおう聞くが、お前さん、本当にこの国を立て直す気はあるのか?」


 深紅の瞳がセレスティーヌを探るように見つめた。

 その瞳をセレスティーヌが睨み返す。


「まず、我が国が滅びに向かっているという見解がわたくしと決定的に違いますが」


 前置きをした上でセレスティーヌが答えた。


「本当にこの国に危機が迫っているのであれば、わたくしは、国を立て直すために全力を尽くすことを誓います」


 毅然とセレスティーヌが宣言した。

 それを見たアルフォンスが、笑った。


「お前さん、腐っても王族なんだな」

「何ですって!」


 怒りの声にもアルフォンスの笑みは消えない。

 それは苦笑ではなかった。それは、あえていうなら、嬉しそうな笑みだった。


「じゃあ、この国に対する俺の見解を話そう」


 アルフォンスが話し始める。


「前にも言ったが、南で二度反乱が起きている。いずれも、貴族ではなく民が起こしたものだ。で、質問だ。お前さんは、なぜ民が反乱を起こしたんだと思う?」

「それは調べましたわ。一つは灌漑事業が進まないことへの不満が原因。もう一つは、医療機関の整備がされないことへの不満が原因です。いずれも短期間で収束していて、その後も反乱は起きていません」


 セレスティーヌが得意げに答えた。

 どうだと言わんばかりのその顔に、アルフォンスが重ねて聞いた。


「民の不満なんてのはどこにでも転がっているが、それが反乱に結びつくことは稀だ。どうして南の民の不満は、反乱という過激な形を取ったんだ?」


 セレスティーヌは答えに詰まった。

 苦し紛れに思い付いたことを言う。


「それは、愚かな民が、愚かな者に扇動されて」

「誰が、どうやって扇動したんだ?」


 そんなことは報告書に書いていなかった。

 と言うより、セレスティーヌはそんなことを考えたことがなかった。


「それは……」

「答えられないならいい。次の質問だ」

「え?」


 驚くセレスティーヌを無視してアルフォンスが続けた。


「細かく言えばいろいろあるが、この国の税率は、年間収入の三割と決まっている。そのうち半分を領主が、残りを国が徴収する。それでいいな?」

「そ、そうね」


 セレスティーヌが曖昧に答える。

 自国の税制について、セレスティーヌはよく分かっていなかった。


「では、地方によっては、その税率が五割に達するところがあるのは知っているか?」

「そんなことは」


 あるはずないと言おうとして、セレスティーヌは言葉を飲み込んだ。


「事実かどうかは自分で確かめろ。じゃあ次だ」


 混乱するセレスティーヌを放置して、アルフォンスが次の質問に移る。


「この国の、とくに地方において、役人に何かを頼む時には、正規の手数料とは別に賄賂を渡す必要があることは知っているか?」

「!」


 セレスティーヌの目が広がった。


「もう一つ。地方の役人が中央の役人に何か依頼をする場合、金品を渡したり、高級な店で接待しないと話を聞いてすらもらえないということは知っているか?」


 今度は反応することもできなかった。

 初めて聞くこの国の実情に、セレスティーヌの心が凍り付く。


「次だ」


 顔を強張らせるセレスティーヌを見つめながら、アルフォンスが話を進める。


「南にあったボドワン王国が、市民による革命で滅んだことは知っているな」

「それは、もちろんです」


 これはセレスティーヌも知っていた。


 一年前に起きた世紀の大事件。セレスティーヌの母、現王妃の生家であるボドワン王朝が、市民たちの手によって倒されたのだ。

 大陸初の市民革命。革命の後、ボドワン王家の者は全員処刑された。

 革命を主導した者たちは、暫定政権を発足させると、即座に周辺諸国に対して国家樹立を宣言した。新たな国名は、クラルモ共和国。革命の半年後には選挙が行われて正式な政府も誕生している。クラルモ共和国は、大陸でも類を見ない民主主義の国として歩み始めていた。


「その革命のきっかけとなった事件が何だったか、お前は知っているか?」


 重臣たちの話を思い出しながら、セレスティーヌが答える。


「たしか、貴族の一人が庶民の子供を殺して、それに抗議した市民も殺されて、それをきっかけにして……」

「その通り。では、どうしてその事件が全国的な暴動につながったんだ? その暴動が、どうして王朝を倒すほどの力を持つことになったんだ?」


 セレスティーヌが視線を落として考え始めた。

 ほとんどの場合、民が反乱を起こしても即座に鎮圧されてしまう。だが、ボドワン王国の反乱は違った。

 暴動を発端とした革命の炎は瞬く間に全土へと広がり、わずか一年ほどで王朝は倒されている。王家の者は全員処刑され、同時に国中の貴族が民の手によって殺された。


 重臣たちは、それを愚民の暴挙だと言っていた。セレスティーヌもそう思っていた。

 だが、本当にそんな言葉で片付けてよいのだろうか。


 王家や貴族の武力は圧倒的だ。普通に考えて、民が勝つことなどあり得ないのだ。

 それなのにボドワン王朝は滅んだ。それはなぜか。


 黙り込んだセレスティーヌにアルフォンスが聞いた。


「武力で敵うはずのない市民が、王家や貴族に牙を向ける。その背景には、長年にわたる強烈な感情の蓄積があったはずだ。その感情が何なのか、お前には分かるか?」


 ここに来る前のセレスティーヌであれば、この問いに答えることはできなかったかもしれない。

 しかし、アルフォンスから話を聞いた今は違った。


 あり得ない税率。横行する賄賂。

 この国で行われているような不正が、ボドワン王国で長く常態化していたのではないだろうか。それに加えて、王族や貴族の横暴な振る舞いも日常的にあったのかもしれない。


 それらに民が不満を募らせていたとしてもおかしくはない。

 それは、王族や貴族を殺してやりたいと思うほど強烈な感情だった。

 その感情が、事件をきっかけに爆発したのだ。


 民の不満の爆発。

 それはこの国でも起きていた。武力で敵うはずのない民が、二度も反乱を起こしている。


 セレスティーヌの顔から血の気が引いていった。

 青ざめてしまったセレスティーヌに、アルフォンスがとどめの問いを突き付ける。


「最後の質問だ。この国、ベルクール王国の始祖、ファンデール公が前王朝を倒すために兵を挙げた時、その大義は”民のための戦い”だった。そのファンデール公が最初に討ち取った王族、それは誰だった?」


 自国の歴史を知らぬはずがない。当然セレスティーヌはそれを知っていた。

 だが、セレスティーヌはそれを口にすることができなかった。


 唇が色を失っていく。瞳が落ち着きなく揺れ始める。

 セレスティーヌの心のうちを見透かすように、冷たい声でアルフォンスが言った。


「ファンデール公が最初に討ち取ったのは、王でも皇太子でもなかった。民から恨まれ、”我が儘姫”として嫌悪されていた、当時の第二王女だよ」


 深紅の瞳の目の前で、セレスティーヌの体が震え出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です(^^) 謎の男性アルフォンスさん。 やっとお名前がわかりましたが、本当に何者なんでしょう……。 歴史は繰り返すということですよね。 セレスティーヌさんはあまり自覚がなかったご様子で…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ