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世間知らずの我が儘姫は、強気を武器に生きていく  作者: まあく
第1章 我が儘姫、悪魔と出会う
3/10

1-3

 王宮に戻ったセレスティーヌは、着替えを済ませると、食事も取らずにベッドに潜り込んだ。

 頭から毛布を被って丸くなるセレスティーヌに、乳母のアンナがそっと言う。


「メイドたちは下がらせます。私も別室におりますので、何かあればお呼びください」


 返事を待たずにアンナは部屋を出て行った。

 アンナはセレスティーヌの性格をよく知っている。こういう時は一人にしておく方がよいと分かっていた。


 一人になった途端、セレスティーヌは毛布をはねのけてベッドの上に膝立ちになった。そして、両手で枕を強く握る。


「許さない。あの男、絶対に許さない!」


 大きく枕を振り上げると、それを思い切りベッドに叩き付けた。


「わたくしが我が儘ですって? わたくしが世間知らずですって?」


 枕をバンバン叩き、それをもう一度振り上げる。


「わたくしは亡国の姫なんかじゃない!」


 枕をベッドの外に放り投げると、セレスティーヌはその場に立ち上がった。

 両足を開いてマットを踏み締め、両の拳を強く握り、燃える瞳で虚空を睨む。

 優雅さも上品さもない。王女とは思えぬその姿は、まるで敵を前にした戦士のようだ。


 男の言葉を思い出すほどに感情が荒ぶる。

 その裏で、しかしセレスティーヌは考えていた。


 男の問いとその答え。

 そして、最後に耳元で聞いた挑戦的な言葉。


 セレスティーヌが目を閉じる。

 ゆっくり息を吸い込んで、ゆっくりそれを吐き出していく。


 セレスティーヌが目を開いた。

 誰もいない部屋の中で、セレスティーヌは力強く宣言した。


「わたくしは、絶対にあの男を跪かせてみせる!」


 決意を示すと、セレスティーヌは枕元にあるベルを激しく鳴らした。

 メイドが慌てて部屋に飛び込んくる。


「お呼びでしょうか!」


 真っ青なその顔に向かって、仁王立ちのままセレスティーヌが言った。


「今すぐアンナとセドリックを呼んできなさい」

「かしこまりました!」


 叫ぶように答えると、メイドは部屋を飛び出していった。




 数日後。


 セレスティーヌとアンナ、そしてセドリックは、馬車に揺られてアンナの実家へと向かっていた。

 実家といっても、そこは王都内にある別宅で、本来の屋敷はアンナの父が治めている領地にある。普段は管理人しかいないその別宅に、ちょうどアンナの母が滞在していた。


 アンナは地方貴族の娘だった。美しく聡明だった少女が、たまたまその地に来た高位貴族の次男の目に止まって妻に迎えられた。

 結婚後ほどなく男子をもうけたが、流行病でその子が早世し、続けて夫までが命を落とす。それを憐れんだ今の王妃が、生まれてくる我が子、つまりセレスティーヌの乳母にアンナを取り立てたのだ。


 今日の外出はお忍びではない。病に伏せるアンナの母を見舞うという名目で、父王の許しを得て宮殿を出てきている。

 馬車は王室所有の豪華なキャリッジ。四頭立ての馬車の前後を武装した騎兵が護衛していた。


「セレスティーヌ様、本当に会いに行かれるのですか?」

「行くわ」

「ですが危険では……」

「わたくしに危害を加えるつもりなら、あの時そうしているはずです。あの男は粗野で粗暴ですが、馬鹿ではありません」


 セレスティーヌがきっぱりと答えるが、アンナの顔は心配そうだ。


「それより、ご実家に話は通っているのでしょうね」

「は、はい。母の見舞いは建前で、実際は、我が家とは関係ない別のご用があると伝えてあります」

「よろしい」


 平然とセレスティーヌが頷く。

 アンナに対しても実家に対しても失礼かつ迷惑な話だが、セレスティーヌは気にしなかった。


 あの事件以降、セレスティーヌは父王からお忍びの外出を禁止されてしまった。ゆえに、外出するには明確な理由が必要となった。そこで、病気でも何でもないアンナの母を病人に仕立てて、見舞いに行くという口実を作ったのだ。


「ところで、セドリック」


 セレスティーヌがアンナの隣に視線を向ける。


「あの男とは、間違いなく話がついているのですね?」

「だ、大丈夫です」


 ビクビクしながらセドリックが答えた。


「殿下のお手紙をその場で読んで、分かったと確かに頷いていました」


 必死に答えるその顔は、決してセレスティーヌに向けられることはなかった。


 街で拾ったセドリックを専属の小間使いとして側に置くようになったのは、およそ一ヶ月前のことだ。きれいな顔立ちとしっかりした受け答えが気に入って、半ば強引に王宮に連れて帰った。

 体を洗い、身なりを整えたセドリックは、セレスティーヌ好みの容姿を持つ少年だった。喜んだセレスティーヌは、どうでもいい用事を思い付いてはセドリックを呼び出した。セドリックも、嬉しそうに部屋へとやってきた。

 だが、そんなセドリックも、気付けば皆と同じようにセレスティーヌの目を見なくなっている。それとともに、セレスティーヌがセドリックを呼び出す回数も減っていた。


 目の前で、セドリックが小さく縮こまって黙り込んだ。

 こういう態度がセレスティーヌは嫌いだった。少し前までなら、馬車を降りて一人で帰れと言っていたかもしれない。

 しかし、セレスティーヌはそれを言わなかった。

 セドリックをしばらく見つめたセレスティーヌが、機械的な声で言う。


「今日の話し次第では、これからもあなたにお願いすることになるでしょう。そのつもりでいなさい」

「かしこまりました」


 うつむくセドリックをもう一度見つめた後、セレスティーヌは窓の外の町並みに目をやった。




 アンナの実家に着くと、セレスティーヌは母親の部屋へと向かった。扉を開けると母親が本当にベッドに寝ていたので驚いたが、それはただの演技だった。

 見舞いの品を渡しながらセレスティーヌが言う。


「明日いっぱいは病気でいてちょうだい。あさってからは外に出ても構わないから」


 勝手なことを言って、セレスティーヌはさっさと部屋を出て行く。そして別室に入ると、アンナが用意していた服に着替えた。


「これは、本当に庶民が着るものと同じ服なのですね?」

「はい。街の古着屋で買った、極めて一般的な服です」


 アンナが着せてくれたのは、お忍びの時と同じくチュニックだった。しかし、これはゴワゴワしていて着心地が悪い。

 腰に巻くベルトは、皮ではなくただの縄だ。バックルすらないそれを、前で結んで締める。

 手渡された帽子は、つばの広いストローハット。ところどころに隙間の空いている、本物の麦わら帽子である。


「最後にこれを」


 古ぼけたブーツを見て、セレスティーヌは顔をしかめた。


「これ、きちんと洗ってあるのかしら」

「丸一日陽に当ててあります。問題ありません」

「……」


 セレスティーヌは、そのブーツを、なぜか息を止めながら履いた。


 すっかり庶民の娘となったセレスティーヌは、同じく着替えたアンナとセドリックと共に裏口から外に出る。

 徒歩で向かったのは、セレスティーヌなら決して利用しないであろうボロい安宿。そこの亭主に、セドリックが挨拶をしながらチップを渡した。

 無言で奥を指さす亭主にお礼を言ってセドリックが歩き出す。セレスティーヌたちもそれに続く。

 階段を上がり、廊下を曲がって奥へ向かうと、その突き当たりでアンナが言った。


「本当にお一人で会うのですか?」


 心配そうな顔に、セレスティーヌが笑ってみせる。


「先ほども言ったでしょう? あの男はわたくしに危害を加えません。あなたたちは隣の部屋で待っていなさい」

「かしこまりました。もし妙な音や声が聞こえたら、すぐに駆け付けますので」


 後ろ髪を引かれるように、アンナは隣の部屋へと入っていった。セドリックも黙ってそれに続く。

 扉が閉まったことを確認すると、セレスティーヌは一番奥の部屋の前に立った。そして静かに深呼吸をすると、ゆっくり扉をノックする。


「どうぞ」


 返事はすぐにきた。


「失礼するわ」


 背筋を伸ばし、顔を上げてセレスティーヌが扉を開ける。

 扉の向こうにあったのは、信じられないほど狭い部屋だった。

 入り口の脇に、ローブの掛かったポールハンガー。左の壁にはベッドが一台。ベッドの横に椅子が一脚と、奥の壁際に小さなテーブル。家具と呼べるものはそれしかないが、それ以外に何かを置くことはできそうもない。

 驚きと戸惑いで動きを止めたセレスティーヌの耳に、耳障りな男の声が聞こえた。


「よく来たな、姫様」


部屋の奥、光の差し込む窓際で、深紅の瞳が笑っていた。


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