表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世間知らずの我が儘姫は、強気を武器に生きていく  作者: まあく
第2章 我が儘姫、決意する
PR
11/48

2-6

 アルフォンスと話したその二日後、セドリックはひそかに旅立っていった。

 出発の朝、旅の資金にと、セレスティーヌは金貨を数枚手渡した。

 すると。


「金貨が使える店は限られます。小さな店では銀貨さえ嫌がるものです。ただ、銀貨であれば、銅貨に両替しても怪しまれることはありません。金額は半分で構いませんので、銀貨を用意していただけないでしょうか」

「そ、そうなのですね」


 自分の常識のなさを恥じて、セレスティーヌが目をそらす。

 同時に、セレスティーヌは驚いていた。

 セドリックが、自分の目を見てはっきり物を言っている。


「分かりました。すぐ用意します」


 アンナに銀貨を用意してもらい、改めてセレスティーヌはそれを渡した。


「ありがとうございます」

「気を付けて行ってくるのですよ」

「行ってまいります」


 丁寧に頭を下げて、セドリックは王宮を出て行った。

 その背中を見送りながら、セレスティーヌは考える。


 なぜ急にセドリックの態度が変わったのだろう


 その理由を探ることは、非常に重要なことのような気がした。


 だが、今のセレスティーヌはそればかりを考えてはいられない。

 それより何より、早急に何とかしなければならないことがある。

 アルフォンスから突き付けられた無理難題。

 どうしたら騎士団長を仲間に引き込むことができるか。


 騎士団長の名は、マクシム・ドーヴェルニュという。

 名門ドーヴェルニュ家の次男として生まれ、若くして騎士となった彼は、騎士団一筋で生きてきた生粋の武人だ。

 戦働きはもちろんのこと、周囲からの人望も厚かったため、前騎士団長引退の際、指名されて騎士団長になっている。

 冷静沈着、質実剛健。加えてまじめを絵に描いたような男で、王家への忠誠心は恐ろしく高い。だが、まじめゆえに融通の利かない一面もあって、セレスティーヌは少し苦手だった。

 アンナと二人でお茶を飲みながら、セレスティーヌがため息をつく。


「王国の第二王女が、反乱が起きるかもしれない地で、宿営地を離れて得体の知れない男と一緒に行動する。そんなことを、あの騎士団長が許してくれると思う?」

「難しいと思います」

「ですわよねぇ」


 セレスティーヌが肩を落とした。


「あの堅物を、一体どうやって説得しろというの?」


 珍しく弱気なセレスティーヌを見ながら、アンナがふいに話し出した。


「昨夜、旅支度を手伝っていた時に、セドリックが申しておりました。”僕は、殿下のことをちゃんと見ていなかったのかもしれません”と」

「セドリックが?」

「はい。それ以上は何も言わず、私も問うことはしませんでしたが」


 驚くセレスティーヌに向かって、アンナが言った。


「つまるところ、真心をもって接すれば、相手も心を開いてくれるということなのだと思います」

「?」


 意味がよく分からない。

 首を傾げるセレスティーヌをアンナが見つめる。


「あの男の言っていた”情報の共有”、あるいは”志の共有”とは、相手に敬意を払うこと、相手を大切にすること。それに通じるのではないでしょうか」


 今度はアルフォンスの話が出てきた。

 アンナの話は脈絡がないように思えるが、その顔は真剣だ。きっと何かを伝えたいに違いない。


「騎士団長は、とても真っ直ぐなお方です。セレスティーヌ様が真っ直ぐにお話をすれば、きっとうまくいきますよ」


 結局騎士団長に話が戻ってきた。

 アンナの話は、分かるようで分からない。


「真っ直ぐに話をする、ですか?」

「はい」


 アンナがにこりと微笑む。


「騎士団長とセレスティーヌ様は、似ているところがございます」

「それはないでしょう」


 即座に否定するが、アンナは動じない。


「大丈夫です。私が保証いたします。自信をもってお話をなさってきてください」

「自信をもってと言われても」

「セレスティーヌ様なら大丈夫です」

「本当に?」

「はい、大丈夫です」

「アンナがそう言うなら、頑張ってはみますが」


 謎の笑顔を浮かべるアンナに向かって、釈然としないままセレスティーヌは頷いた。


 それからもセレスティーヌは考え続けた。食事の時も、家庭教師が講義をしている最中も、ベッドの中でも考え続けた。

 けれど、今度ばかりはその優秀な頭脳も答えを導き出すことができない。

 アンナに聞いても「大丈夫」としか言わないので、相談することは諦めた。

 セレスティーヌは考える。

 唸りながら考え続ける。

 そんな事が何日か続いたある日、セレスティーヌはついに決断した。


「もうやるしかないのですわ!」


 このままでは出発の日がきてしまう。具体的な案のないまま、セレスティーヌは騎士団の宿舎へと向かっていった。


 宿舎は王宮の敷地内にあった。国王の直轄部隊である騎士団は、いつでも出動できるよう王宮内に部隊が常駐しているのだ。騎士団長も、日中は宿舎内の事務室で仕事をしている。

 メイドも連れず、一人で宿舎にやってきたセレスティーヌは、目を丸くする若い騎士に、騎士団長がどこにいるかを尋ねた。


「騎士団長は修練場におります。すぐお呼びしますので」


 駆け出そうとする若い騎士を、セレスティーヌが呼び止めた。


「お待ちなさい。修練場ということは、訓練の最中なのでしょう? そうであれば、訓練が終わるのを待ちます」

「ですが」

「構いません。わたくしはここで……いえ、わたくしが修練場まで参ります」

「殿下がですか!?」

「そうです。修練場まで案内しなさい」

「はっ!」


 混乱と緊張でガチガチの騎士に先導されて、セレスティーヌは修練場へと向かった。

 建物を出て渡り廊下を歩き、別の建物を抜けたところに修練場はあった。その入り口の門まで来た時、セレスティーヌが言った。


「訓練の邪魔をしたくありません。わたくしはここで待ちますので、訓練が終わったら、騎士団長にわたくしの来訪を伝えてください」

「しかし、さすがにこのようなところでは」


 ここは屋外で、屋根もなければ椅子もない。


「わたくしがよいと言っているのです。気にする必要はありません」


 気にするなと言われても、それでは騎士が困る。第二王女を屋外に立たせたままにしたとあっては、下手をすると首が飛びかねない。


「で、では、せめて椅子をご用意いたします。少しお待ちを」


 そう言うと、若い騎士は全速力で宿舎に戻っていった。

 ほどなくして、騎士が戻ってくる。


「こ、こちらにお掛けください」


 息も絶え絶えに騎士が椅子を指し示した。

 古びた木製の椅子で、こんなもの王宮内では見たことがない。

 一瞬躊躇ったものの、セレスティーヌはそれに腰掛けた。


「ありがとう」


 騎士を見てきちんと礼を言う。

 すると、騎士は一緒に持ってきた黒い傘を開いた。


「高貴な方は、日差しを浴びることを避けると聞いたことがありますので」


 どうやら日除けのつもりらしい。男物の雨傘で、よく見ると小さな穴が空いている。

 椅子にしても傘にしても、王族にふさわしくない粗末な物だ。少し前のセレスティーヌなら、顔を真っ赤にして怒鳴りつけていたことだろう。

 しかし、今のセレスティーヌはそんなことはしない。というより、そういう感情が湧いてくることがなくなっていた。


「助かります」


 にこりと微笑んで騎士を見る。


「いえ」


 顔を真っ赤にして騎士が前を向いた。

 前を向きつつ、しかし、騎士の視線は自然とセレスティーヌに向かう。


 絹のように煌めくブロンドの髪。

 王国の至宝と呼ばれるサファイアの瞳。

 きめ細かく滑らかな肌は、思わず触れたくなるほど魅惑的だ。

 ふわりと薫る華やかな香りは、吸い込む度に心が昂ぶる。この香りだけで三日は幸せな気分が続く気がした。


 騎士も噂は耳にしていた。

 第二王女は、世間知らずの我が儘姫。

 けれど。


 こんな場所まで一人でやってきて、訓練が終わるのを待つと言い、粗末な椅子に嫌な顔一つせず、自分に向かってありがとうと言ってくれる。


 これが、本当のセレスティーヌ様


 初めて間近で目にした第二王女は、噂とは真逆の素敵なレディだった。

 緩んだ頬を引き締めて、若い騎士が顔を上げる。姿勢を正し、傘の向きに注意しながら周囲を警戒する。

 王女の護衛を全うすべく、騎士は人生最高レベルの集中力を発動させた。


 騎士に守られながら、セレスティーヌは大人しく待った。

 門の外にいるので、修練の様子を見ることはできない。しかし、熱の籠もった騎士団長の声ははっきり聞くことができた。


「気合いが足りん!」

「はっ!」

「そんなことで国を守れると思っているのか!」

「はっ!」


 厳しい言葉に部下の返事も引き締まっていく。

 初めて聞く騎士団長の激しい口調にセレスティーヌは驚いたが、同時に頼もしさも感じた。


 訓練はほどなくして終わった。解散の号令が響いた直後、若い騎士が騎士団長のもとへと走って行く。

 しばらくすると、騎士と一緒に騎士団長が走ってやってきた。


「部下が大変失礼を致しました!」


 普段は冷静沈着な騎士団長が本気で焦っている。


「このようなところで殿下をお待たせするなど……」


 早口で詫びる騎士団長を、セレスティーヌが遮った。


「わたくしがここで待つと言ったのです。その騎士は悪くありません。それどころか、わたくしのために椅子と傘を用意してくれました。褒めることはあっても、叱ることなど一つもありません」

「そ、そうなのですか?」


 唖然とする騎士団長の後ろで、若い騎士が頬を紅潮させる。

 誇らしげに胸を張る部下をねぎらうと、騎士団長は改めてセレスティーヌに向き直った。


「それで、殿下。本日はどのようなご用件でしょうか」


 怪訝な表情の騎士団長に、セレスティーヌが言った。


「じつは、騎士団長と二人だけで話したいことがあるのです」

「二人だけで?」

「そうです。ですが、その前に」


 突然、セレスティーヌが恥ずかしそうにうつむいた。

 美しい肌が紅色に染まるその様子は、妻子ある騎士団長をもドキリとさせる。


 その恥じらいは一体何を意味するのだろうか。

 セレスティーヌは一体何を言い出すのだろうか。


 騎士団長の脈拍が上がっていく。

 その後ろで、若い騎士がゴクリと喉を鳴らす。


 二人の男が注目する中、小さな声でセレスティーヌが言った。


「騎士団長。あなた、トイレは大丈夫かしら?」

「……は?」


 セレスティーヌは、世間知らずで我が儘だ。

 しかし、意外と素直な一面も持っているのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です(^^) セドリックくんとの関係はいい感じに落ち着きそうですね。 それから、もともと美人のセレスティーヌ様ですから、振る舞いひとつでこんなにも印象がかわるんですよね。 これからファン…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ