「君はまだオレンジの果実を知らない」
「勝負?」
俺が聞き返すと、円香はくるりとこちらを向いた。
「そうっス!勝負に勝ったら手料理を先に透先輩に食べさせることが…まだ勝負内容は決めてないっスけど」
そう言って声が小さくなる円香に、ぽんっと花恋が優しく肩を置いた。
「なら、『アレ』しかないっしょ?」
「へえ、ここが君たちの家なんだね」
放課後、何故かあおいが俺の家の前にいた。
「いやなんでいんのさ!」
「そ・れ・は」
「『アレ』をするためでーす」
星奈と花恋が背後から飛び出してきた。
「「はいはい、入った入った」」
「これ俺の家なんですけど?っておい引っ張るな!」
そのままリビングに向かわされると、そこにはすでに他のカノジョたちが全員いた。
「あ、おかえりなさ〜い」
「遅かったですぅ」
「待ちくたびれた!」
カノジョたちの真ん中にあるテーブルには謎の答案用紙やら食材やらが散らばっていた。
「何だよそれ……」
呆れながら言うと、朱莉がぐるぐるメガネをクイッと持ち上げながら言った。
「それはもちろん『アレ』をするため!」
「さっきから気になってたけど、アレって……?」
「あれ〜?透くんには言ってなかったかしら〜?実はわたしたち、三番目のカノジョが入ってきたときから『テスト』をしているの〜」
「そーそー。ボクなんて酷い目にあったんだよ」
空がふてくされた顔で彩芽を見る。
「彩芽センパイにトールのことビシバシ教えられてさ。お熱かったなー」
「なっ。か、彼女になるには、ひ、必要な事、だから………」
彩芽は普段見せないような赤面した顔で俯く。
「そ、そんなことより今回は如月さんがテストを受ける番で」
「いいよね、あおいっち」
「ああ、望むところさ」
あおいは微笑みながら口角を上げた。
「こんな面白いやつをやらない者はいないだろう」
「ということで簡単にルール説明!ゆあっち言っちゃって!」
「なんでゆあが…はあ。テスト内容は学力・料理・透への関心度。審査員は学力はゆめさんと花恋さんと彩芽さん、料理が朱莉と星奈さんとすずかさん。最後の透への関心度はゆあと空」
花恋からの明るさに耐えきれなかったゆあがボソボソとつぶやきながら言った。
「対戦者は円香さんと如月さん。勝者は…」
「透先輩に手料理をあげられるっス!」
「僕も異論はないよ」
いつの間にか二人は席に座って花恋から答案用紙を受け取っていた。
「じゃあ、準備いい?」
「はいっス!」
「いつでも構わん」
「制限時間は30分ね。よーい、はじめ!」
彩芽の掛け声と共に二人同時にシャーペンを握る。だが、その集中力は明らかだった。あおいの手は止まることを知らないのか滑るように解いていく。一方、円香の方は_
「こ、この式の公式は……あれっ…公式なんてあったっスかね……」
第一問から全く進んでいなかった。
「頑張れ円香っちー」
「まだまだ、やれるよ〜」
「諦めるんじゃないわよ」
審査員の声に円香は拳を握りながら再びペンを握りしめていた。
30分はあっという間に立った。
「そこまで〜」
ゆめがぱちんと手を合わせる。彩芽が答案用紙を回収し採点を始めた。しばらくして彩芽が赤ペンを置いた。
「うん。予想通りの結果ね」
「どれどれ…」
手渡された紙を見ると、あおいは100点、円香は13点。
「13点っスか……漢字の読みなら自信あったスけど」
「それしかできてなかったわよ」
「それにしてもさすがあおい様!」
「お前はそのキャラ健全なんだな……。それにしても凄いんだな、あおいって」
当たり前だと胸を張るあおいに、花恋がクスリと笑いながら出てきた。
「てかー、あおいっちは学年2位でマジすごなんだけど、ウチは学年1位なんだよー。………透っち、惚れ直した?」
耳元でそう囁やかれたのは実は5回程ある。もちろん最初は驚いた。が、今となっては当たり前、というかギャル=勉強できるみたいな公式が頭の中に植え付けられる程刷り込まれた。
「惚れ直すというより、尊敬だな」
「ええー、ホントかな〜?」
花恋がニヤリと笑ったところで、すずかが「次は料理対決ですぅ」と言った。
「でも、料理って何を作るんスか?」
「それはもちろん定番のやつだろ」
「なるほどぉ。アレだね」
「あたしも分かった!」
料理の審査員役の三人が頷きあう。
「牛丼だな」
「ケーキだねぇ」
「かき氷!」
…………うん。そうだとは思った。心のなかで「バラバラじゃねーか」というツッコミを抑えて、審査員の中で一番マシな_
「わたくしですね」
「え」
「透様のことは何でも分かってしまうのですぅ。例えば今日の下着の色も」
「……………」
_____全くマシじゃなかった。
「全くマシじゃなかった、って顔してますぅ」
「…じゃあ、オムライスがいいっス」
すっと円香が手をあげた。
「王道だね〜」
「さんせい!」
「僕も良いと思う」
「あおい様に賛成ですっ」
「決まりですぅ。透様も賛成ですかぁ?」
すずかが微笑みながら視線を向けてくる。
「え、ああ。良いけど」
「よっかたっス〜!チッキン使っていいスか?」
「ああ」
はしゃぎながら円香がチッキンへ走っていく。その姿を他のカノジョとあおいがついていく。
「まずは卵からっスよね」
「円香センパイ、ケチャップライスからだから」
「おお〜、あおいちゃん手際がいい〜。一緒に住むならお料理当番お願いしちゃおうかな〜」
「なんで円香は卵を包丁で切ってるのかしら?」
そう盛り上がるチッキンから少し離れたところにいるゆあに自ずと視線が向かった。彼女は静かにチッキンの方を見ていた。
「ゆ_」
「透」
ゆあがじっと見つめてきた。
「透は、誰のモノなの」
「…急にどうしたんだよ。らしくないぞ」
「円香さんは、透に手料理を食べさせたいからじゃなくて」
「なあ、大丈夫なのかよ」
「逸らさないで!」
いつの間にか逸らしていた視線を_違う、そうじゃない。ゆあは視線の話なんてしてない。
「円香さんは……、円香さんはきっと透が取られるのが怖いんだよ。それなのに、どうして、避けるの」
ゆあの言葉の後ろでの笑い声が場違いのように聞こえる。
「透はまだ、円香さんのことを何も知らないんだ」
「………………………………………………………………知ってるよ」