動画配信者
役員の最初の仕事は、居住者の把握だ。
面倒だが役員報酬も出てるので仕方なく戸別訪問から始める。
なかなか進まなかったが、今までの役員さんが作った資料と照らし合わせて前から住んでる人の方は問題なかった。
やはり夫婦の人は、警戒されないから話がしやすかった。
901号室は、1人暮らしの80歳の女性だった。たまに息子さんらしい人が出入りしてる。
息子さんの電話番号を管理組合に知らせて貰えるか聞かなくてはいけなくなったが。
ミー子が血栓で脳梗塞とか脅したせいで、管理組合が孤独死にすごく警戒するようになってしまったのだ。
自業自得である。
902号室は若夫婦で矢川さん、毎朝一緒に出社してる仲良し夫婦である。
903号室の谷保さんは亡くなり息子さんがリノベーションして売り出してるが、なかなか売れない。
ミー子の向かいみたいに買う人が自分がしたいリノベーションがあるので、
ちょっと変なリノベなのも手伝って、なかなか買い手がつかない。
904号室が、立川さんご夫婦だ。2人で翻訳の仕事を請負う法人にしてるようだ。
905号室は西保さんお隣だ。ご夫婦でミー子と同世代か?ここも仲良し夫婦だ。
娘さんが孫を連れてたまに来るが、アッサリと夕方には帰ってしまう。泊まってるのを見たことない。
そして906号室が杉本ミー子、50代の怪しい1人暮らしのおばあさんだ。
働きもしないでファイアー暮らし。
はたから見たら恐いと我ながら思う。
907号室はまたまた30代の若夫婦、久地さんだ。
やはり仲良しだが、不思議なくらい902号室の矢川さんの旦那さんとソックリだ。
廊下で会っても奥さんが横にいないと「どっち?」に陥る。
909号室は1人暮らしの尻手さん。70代の男性。
そしてミー子の向かいが908号室だ。
越してきたばかりの人だから、ミー子が色々聞かなければいけない。
自分のことも話さないときっと話してくれないだろ?
インターホン押す前から憂鬱だ。
「はい」と出てきたのは、若い!若過ぎる青年だった。
まだ20代前半だろう。マンション買ったのか?
リフォームまでして!
しっかりしすぎてないか?
「平間さんで合ってますか?向かいの杉本と申します。」ととりあえず頭を下げた。
「あっ、はい。そうです。お向かいさんでしたか?
で?」
若いから後から入居した人は、「ご挨拶が申し遅れました。平間と申します。」なんて言い回しは知らない。
「でっ?」と聞かれてミー子は苦笑する。
『私より上手キター!』と思う。
「今度、役員になってしまいまして…平間さん、もし差し支えなければお仕事を教えていただけますか?
連絡先などは要らないので!」とにかく頭を下げる。
個人情報の扱いに厳しい世代だ。
無理かなと思ったが、「どうせ分からないと思うので良いですよ。動画配信者です。ヒカキンさんとか分かりますか?」と聞かれた。
「見たことないですが、名前は辛うじて」それくらいしか知らない。
「家で撮影するのが主なのでうるさいと思うので防音工事は最初にしてるんですが。」ハキハキとして若いのにしっかりしてる。
「はい、全然静かですよ。」ミー子が答える。
見た感じ可愛い子供みたいに見えるが、すごくしっかりした人だなと思う。
いくら若くても30代が限界だったので、もうとにかく可愛いとしか言えない。
お菓子を家から持ってきて上げたくなる…ダメダメ!
ちゃんと大人なんだから!
何とか理性で抑えた。
「ありがとうございます。わからないなりに記録しときますね。
一度聞いておけば、もう来年からは聞かれないと思うので」と言いながら資料に書き足した。
ミー子の時の方が難儀だった。
パートしてないのを咎められるような視線だったし。
「ファイアーと言って、今流行りのライフスタイルなんだ!」と頑張ったが、缶コーヒーと間違われてた。
家に戻るとなぜか鼻歌が出た。
あんな若い子と話したのは…何年ぶりだろ?
もうそばに居るだけで心が華やぐ。
「こんな古いマンションじゃなくて、もっと最新のに住めば良いのに?
こんな30代から上しかいない建物で良いのかしら?」
何だか不思議だった。