901号室
「こんなはした金で足りるか!バカか!」と言う男の怒声と
「ギャァァァ~痛い〜」と女が泣き叫ぶ声が外からした。
2人は着の身着のまま廊下に出る。
2人の部屋はワイドテラスから902と903号室の間に突き当たるT字路になってて、声がしたのは曲ったエレベーターの方だ。
行くと901号室の矢向さんが息子さんに髪を引っ張られて倒れていた。
殴られたのか顔の骨が陥没してる。髪も元々薄くなってたのに前部分を全部抜かれている。
50代ミー子と同世代くらいの息子さんが80代の弱った母親を殴り倒しているのだ。
こういうの見たくなくてファミリータイプの中古マンション避けたのに…
普通ならすぐ助けたいが、まずミー子なら息子さんを取り押さえる。
が、母親がすると、息子を助けようとこっちに向かって来ることがあるのだ。
近付けないし口も出せないのだ。
「どうしたの?大丈夫?」
遅れてきた西保さんが警察を呼ぼうとすると、息子にボコボコにされ毛もむしられた矢向さんが、
「やめて!やめて!警察呼ばないで〜!
この子は悪くないの!
私が私が稼ぎが少なくても悪いんです〜!」と西保さんのところまで這ってくる。
「矢向さん、庇いたい気持ちは分かりますがダメですよ。もう電話しました。」西保さんが冷静に話す。
すると矢向さんがキッと西保さんをにらむ。
「ひどい!この子の人生がどうなっても良いんですか?良い人だと思ってたのに!」矢向さんが西保さんをなじる。
前の賃貸マンションでミー子がなってた立場と同じに西保さんがなってた。
本当に8050問題はややこしいのだ。
結局、この辺りの競馬場やパチンコで金を食いつぶした息子さんが母親にタカリに来たら、スカイブリッジをカート押しながら歩いててコケて骨折して寝込んでた母親から金が取れず暴れたらしい。
警察が救急車も呼び矢向さんを担架に乗せて行った。
西保さんが疲れた顔をして立っている。
すごく気持ちが分かる。
ミー子は西保さんの肩を抱いた。
「西保さんは間違ってません!ああするしかなかったんです!
西保さんはベストを尽くしました。
後は、あの親子の問題なんですよ。気にしないで!」
ミー子は泣けてきた。
賃貸マンションで八つ墓村お兄さんが鉄パイプを振り回し逃げ遅れた赤ちゃん連れたお母さんを殴ろうとして、ミー子は外置きの三輪車で鉄パイプを絡めて取り上げキチガイお兄さんを三輪車で殴り倒したのだ。
遅れて来た両親がなぜかミー子を訴えると大騒ぎしていた。
三輪車で頭部をボコボコしたので血だらけの息子を泣きながら抱きかかえてた。
警察がやっと遅れてきたが、色々面倒だった。
それを思い出してミー子は西保さんを抱き締めながら泣いてしまった。
901号室の突き当たりエレベーターの反対に住んでる904号室の立川さんが、真っ青な顔で立ち尽くしていた。
901号室の矢向さんは、立川さんをすごく頼っていたからか?
去年、役員の立川さん家へ何度もオカズやお土産を届ける矢向さんを見たから。