第1話
電車ですら横断するのに五分かかる天竜川を抜け豊田町駅は止まる。クーラーの風と電車に揺られながら、単語帳の中を漁る。とたんにやる気をなくす。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ただいまー」
いつもより1時間遅く家を出、1時間早く帰ってきた。
もはやしょうがない。私の高校は世間でいうところの進学校だ。須く勉強をべし。須く部活に勤しむべし。
文武両道とはよくいったものだが、最近のネットニュースに出ていた静岡県文武両道校ランキングでは堂々の圏外である。ちなみに、上位5校は偏差値も上位5校であった。どうやら、頭がいいところは部活もできると見られるらしい。無知は罪である。
私はこの圏外高校に、裁量枠で入った。成績に関してはかなり背伸びをしている。入ったのはいいが、一番困るのは部活が終わった後だ。勉強もせず、ただ黙々と柔道をしていた私にはここ最近まで二倍角の定理を知らなかった。約二年低空飛行を続けていた飛行機に無理やり上げろと言われても無理無理難題である。
よって今日も今日とて早く帰ってきた。三年になって初めての夏休みだが、塾という第二の学校があるためまたもほぼ無しに近い。家がもはや給水所と化している。
「あんた帰ってくるの早すぎ、夕飯まだできてないよ。」
夕飯ができてないとは。条約違反である。別に薪水給与令など結んでいないが。
一通りの会話が済んだ所で、私は風呂に入る準備をする。
〜ピンポーン〜
「ちょっとヒロミー、代わりに出てくれなーい?今忙しいのー」
ここで間違えて欲しくないのが私は某番組でえらい数の家具や家をリフォームしてきたタレントではない。
広い美しさと書いてヒロミ。
「ざんねーん、私もう服脱いじゃいました〜。」
「もう、わかったわよ。はーい今出ますね。」
〜ガチャッ バチバチバチバチ ドタン〜
この数秒、聞こえた音、恐怖、それだけしか私の頭には残らなかった。そして、目の前の扉が開く。
黒いパーカーを着た男が襲ってくる。スタンガンをくらい気絶する。
あぁ、服着たまま風呂入る趣味、他人にばれちった。
目が暗くなる。景色というより自分自身が暗くなっていくような気がした。
〜〜ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「うんににむえふき知ってるな?草崎アズナの名を」
目が覚めるとそこには同じ質問を延々と繰り返している男と四角く囲まれた部屋にプロジェクションマッピングで炎の動画が再生されている壁があった。普通こういうのは廃工場ではないのかと思ったが、そもそも誘拐されること自体が普通ではない。異様な空間に魅せられている私は答えた。
「知らない。そもそも、私はわざわざ人の名前なんぞ覚えん」
もちろん、この場限定の口調である。いつもは普通の女子高生と変わらないが、緊急事態に対応して、今後も身元がバレないよう、せめてもの抵抗である。
「そうか、じゃあこいつが【インジュアル】ということは、知っているな?」
「そんな厨二病のような非科学的なものは知ら
「嘘をついているなぁ?」
キャラで押し切ろうしたところを割って入ってきた。
「見える、見えるぜ。冷静を装っているがぁ、奥底じゃぁビクビク震えてやがるぅ〜。彼女のことは守りたいけど早く家に帰りたいっていう葛藤が見え見えだぜぇ〜」
何故だ、見破られた、こいつまさか!
「そう、インジュアル所有者ってことぉ、俺のインジュアルは【open secret〜公然の秘密〜】!人の秘密を読むことができるのさぁ」
かなり厄介な奴に攫われてしまった。だが、これだけは知られてはならない。
「さあ、見せてもらおうかぁー草崎アズナの【秘密】を!」
あぁ、彼は見てしまった。彼女の秘密を。そうしてしまった以上一緒に責任を果たすか処分するしかない。
私のインジュアルで、、、
open secret 〜公然の秘密〜
所有者:???
人の秘密を見ることができる。しかし、全てが見れる訳ではなく人が秘密という言葉に動揺した時の心の穴を突いてやると秘密を炙り出すことができる。