小麦売買戦士くろすけちゃん
数日が経って、再び商人ギルドに用事が出来たので街へ赴くことになった。
今回は商談ではなく、貨幣や証書を持ち歩くことも無いので一人で街に来ている。
クシマ家に来客があるので、そのおもてなしの買い出し準備といったところ。
クシマ家はお抱えの商人、商会は無い。無い、というか作っていない。いくつかの馴染みの商会を持ち回りで買い付け依頼している。
特定の商会が大きく成りすぎないようにする為だ。
商人ギルドはクシマ家が「キングメーカー」になる事を望んでいない。
「キングメーカー」の先にあるのは「経済の自由競争」では無く、「接待」「賄賂」「癒着」があるだけだ。
街の「自治」としてもクシマ家の「経済的介入」と同義なので「お抱え」には強く反対していて、目を光らせている。
そんなわけである程度の取り引きであれば事前にギルドに報告しなければならない。
正確に言えば報告は強制ではないが、あまりに報告なしで取り引きしているとクシマ家に直接、
「あなたのとこの丁稚が色々と売買してるけど、ちゃんと把握してますか?それとも宣戦布告ですか?」
と商人ギルドからとても穏やかではない使者が来訪するので、基本的にはギルドに報告してから売買を行っている。
「どうも。おはようございます。クシマ家のクロです。」
「おはようございます。クロさん。今日は何用ですか?」
「はい。近々、来客があるので買い付け下見に来ました。取り敢えず今回は何軒か回って話するだけです、と副ギルド長にお伝え下さい。」
「そうですか。承知しました。お気をつけて。」
さて、商人ギルドへの報告も終わったし、本来の仕事をこなしつつ、小麦の価格推移を探っていこうかね。
「おや、クロさんではないですか。今日は何用ですかな?」
「フルードさん?!」
予期せぬ人から声をかけられて、少し驚いた。普段はあまり姿を見ないので珍しい。
「珍しいですね。フルードさんがコチラに居るのは。」
「ハッハッハ。まあ、この時期は小麦で忙しいですからね。」
「なるほど。収穫期ですからね。しかし、当家との取り引きの様にフルードさんなら手早く終わらせられそうですが、そうでもないのですか?」
そんな事を言うとフルードさんは、オッ、やっぱコイツ興味あんだな的な顔をして少し嬉しそうだ。期待度が高すぎて少し引く。
「何せ数が多いですからね。生産者との取り引きは、もうマニュアル化している様なものなのですが、個別の商会さんは状況が毎年変わりますからねぇ。」
「状況が変わる?豊作不作以外に何かあるのですか?」
「はい。本当に理由は様々ですよ。例えば、新規の顧客開拓、ライバル店の台頭、顧客の廃業などなど。」
「ほうほう。」
このまま気分良く話てもらって情報を引き出すぞ。あからさまに小麦相場調べてます感を出すと面倒になりそうだから、あくまで自然に。
「では小麦の相場は上に下に短期で大きく振れそうですね。」
ヘタクソかっ!直球ど真ん中ストレートかっ!いきなり相場の話すんなよ!不自然だろ。
「いえ、そんなことは無いですよ。取り引きや契約がこまごましていると言うだけで価格自体は変わりませんから。
ギルド登録している自治領内の全ての商会さんに同じ卸値で販売しています。ちなみに当ギルドの定めている小麦を含めた生活必需品目は自治領内であれば小売価格も相場準拠にしてもらっています。」
「自由に価格設定できないと言うことですか。それだと自由経済の妨げにならないのですか?」
「生活必需品とは、いわば命と同じですから。やり用によっては相当悪いことができてしまいます。
不当に価格をつり上げられても消費者は買わざるを得ない、なんて状況が出来てしまうのです。これは良くない。
私たちは商人である前に、この自治領の仲間で一部ですから。自治領の皆さんに対して不誠実なことをしているとこの自治領から追い出されます。
結局、そちらのほうが損なのです。
自治領の皆さんの生活必需品という命を握っているからこそ、それを守るのも私たちの役目なのです。」
ふぅ〜。直球ど真ん中ストレートを特に何も気にして無い感じだ。
良かった。このまま気分良く相場の話を続けてもらおう。
「であれば相場はどのようにして決めるのですか?小売価格を自由に出来ないのなら相場は変化しないのでは?」
「……今の話からその様な質問が出るとは。本当に素晴らしい。
相場の変化は自治領外との取り引きで変化します。
当ギルドも自治領内だけでなく東方、北方、西方の国々の商会、ギルドとの取り引きがありますので、それらの需要供給具合で変化します。」
「なるほど。領外要因で、ですか。勉強になります。」
この世界では国外の情報なんてのはほとんど入ってこない。
クシマ家はこの地方の大貴族なので領外からの客人も多く耳にする機会がある方だ。正しい情報かどうかは置いておいて。
あとは領外取引している商人さんくらいだ。
話ぶりからして商人ギルドは領外とも大口取引していると思われるので、国外の情報なんかも相当な量が入ってくるのだろう。
領内の一般庶民はこの商人さんたちとの世間話やウワサ話から風に聞く程度。
まぁ、現世ですら国外の情勢なんて関係あるような、ないような、ってなもんなので、それこそ気軽に国内外を行ったり来たり出来るような交通網があるわけでもないこの世界においては、さらに関係無いものなのだろう。
「国外で何らかの要因で相場が大きく変わった場合は、領内では価格統制をします。その場合相場は大きく上か下かに変化しますが、領内では価格に反映させないように、平時の価格から変わらないようにします。」
「そして、国外では不幸に付け込んで大きく稼ぐ、というわけですか。」
我ながら性格が悪い。他人の質問に丁寧に答えてくれている人に対して。しかし、何となくだけど、話から「越後屋」感を感じで少し意地悪したくなった。
「えっ?不幸で稼ぐのか、ですって?商人がですか?」
「………………」
フルードさんは少しの沈黙の後、軽くため息をついた。そしてちょっと困った様な顔をして側頭部を指でコリコリと掻いてみせた。
「ん~〜〜〜」
「やっぱりあなたはワカっていない。商人というものを。
商人は他人の不幸だけじゃなく幸福にもつけ込むんですよ。人の、国の、自然の変化を利益にする。それが商人なんですねぇ。」
カッキーン!見事に打ち返された!
すげぇカッコいい!商人カッコいい!クリティカルヒット!
ここだ!大分気持ち良くなっているであろうこの時に!最重要ポイントを聞き出すぞ!
「例えば小麦だと1年の間にどの様な相場の変化をするのですか?やはり冬は高く、春、秋は安くなるのでしょうか?」
「小麦は冬から春にかけて値が下がっていきます。春に一度上がって、また下がり、また秋に上がる、といったサイクルですね。」
「2度値上がりするのですか?」
「はい。実は小麦はこの辺では春に種をまき、秋に収穫していますが、冬に種をまき、春に収穫する国もあるんですよ。それで2度値上がりします。」
へー、知らなかった。年に2回も収穫期があるのか。
んっ?でもまてよ?
「収穫期には小麦がたくさんあるのだから値が下がって、収穫期前は小麦が少なくなっているのだから値が上がるのではないのですか?逆じゃないですか?」
「小麦は保存の効く物なので収穫期にある程度の量を買って保存しておくのですよ。それを小分けで販売していくわけです。
特に冬に入ると人の活動量、物資の循環量はかなり制限されますから、小麦の買い溜めによって需要は減ります。よって相場も下がっていく、というわけです。
商人にせよ、一般庶民にせよ、保存の効く小麦をわざわざ寒い冬場に買いに行くたくない、ってところでしょうな。」
その話が聞きたかった!なるほど冬場は相場が下がっていくのか。ならば今が売り時。小麦の流通量が少ないなら引き取りにもしばらく来ないということだろう。
「おっと、つい楽しくて話込んでしまいましたね。仕事中なのを忘れていましたよ。
今さらですが、クロさん、今日はどの様なご要件で?」
「あ、今日は近々当家に来客があるので買い付けの下見に来ました、とお知らせに。」
「承知しました。それではお気をつけて。」
フルードさんは笑顔で会釈をして奥の部屋に入っていった。
しかし、いい情報を引き出せた。
どうやら相場推移的に、今から動き出すのが得策の様だ。
丁度いい時期に、いい身請け話と素晴らしい策が思いついた。
全てが追い風となっている。
ガイヤが俺にもっと輝けと囁いている。
My Day……It's My Day