奴隷と言う名の服を着て
が……
駄目っ……!
全然駄目っ……!
この世界でも出来そうなことをいくつか試してみたけど、どれも上手くいかなかった。
こうなってみて初めて分かった。現代知識(F大中退)や経験(neet)なんてのは、先人の作り上げてくれた道具や設備の上に成り立っているんだなと。オレは道具や設備が使えなければ、痛みの少ない縫い方ひとつ知らないヤブだった。ハハハ……
とはいえ、実は現代知識(F大中)でとても役に立ったものがある。計算だ。と、言っても特別な計算ではなく、単純な算数みたいなもの。
というのも、この世界の人々は「数字」に関してかなり大雑把というか、どんぶり勘定で話を進めることが多い。
一度に扱う物が少ないからだ。市場をみていても、たくさんの物があるわけじゃないし、買っていく人も少しづつ、その日の分だけ。冷蔵庫なんて無いのだからそれが当たり前。物にあふれたスーパーマーケットは保存技術と保冷、保温家電有りきのものだったんだなと気付かされた。
なので、一般庶民的には数なんてものは10までくらいなもので、あとは「いっぱい」で済ませている。
この世界の、この国にも義務教育制度があるらしく、読み書きはしっかり学ぶ。そのため、識字率はほぼ、100%だそうな。しかし、算数、計算にいたっては「いっぱい」で終わってしまうため学んでいる人はほとんどいない。それこそ一部の上流階級や成績優秀な天才、そして商人くらいなもの。
幸い?にもオレが奴隷として従事しているご主人は大きな領地を持つ大貴族と言うやつで、扱う物の量が多い。買い出しひとつとっても、かなりの人数分買わないといけないので荷馬車で買いに来たり、商人を呼んで荷馬車いっぱいの商品を持ってこさせたり。
さらにはこの世界には発電機はないがお約束の魔法があり、食品の保温保冷くらいなら術者の魔力と体力とやる気が続く限り保存できる。大貴族お抱え魔法使いといえども2、3日くらいが限界だが、保存出来るので買い溜めしたりもする。
それ故、「いっぱい」では対応しきれない。なので、算数や計算が役に立った。ある程度の計算と管理をしなければ、色々と問題が起こる。「ごまかし」や「横流し」、「横領」といった事に気付けない。盗まれ続けてしまう。
そこにこの大貴族様のお家の奴隷で小間使い、雑務、御付きを担当していたオレ様こと「クロ」様(現世名:カガワ クロスケ)は商人の「ごまかし」と倉庫管理担当奴隷の「横領」を指摘。調査の結果、その指摘は証明され、商人はギルドに報告し、当家出入り禁止に。倉庫管理担当奴隷は腕を切られて(奴隷だからね。仕方ないね。)奴隷市場に売却されていった。
…売られたその後は想像したくないので気にしないものとして、オレは、この時の功績を認められ、倉庫管理担当と一部の資金管理まで任せられる大出世をとげて、今に至るわけです。
「やっぱりクロはすごいな。今や、執事のワカヤ様直属だもんな。」
そう声をかけるのは転生時に同室だった「リヤマ」。転生前から割と長い付き合いだったらしい。所々記憶がなくなっている設定にして色々とこの世界の事や自分の事なんかを教えてもらった。歳の頃も同じくらいらしい。お互い出生はハッキリしないので「同じくらい」となる。
奴隷になる経緯というのも千差万別で自責もあれば他責もある。基本的にはあまり明るい理由ではないが、オレ達はどうやら物心ついた頃にはこの家で奴隷として生きていたらしいので、おそらく何らかの理由で生まれてすぐに売られたか何かだったのだろう。まぁ、幸せな方ではあるなと思う。
「お前もすごいだろ。オレと同じ雑務、御付きから今や警備担当じゃないか。中々やれることじゃあない。厳しい訓練をこなさなきゃならないんだからな。」
この世界の奴隷の扱いとして「職業」的な一面もある。とは言え法的には「物」扱いにはなるが、社会的な「信用」は間違いなく高い。
なぜなら、奴隷には鉄の首輪が付いている。「奴隷票」と呼ばれている。まぁ、現世で言えばドックタグみたいなもので、これには「何処の誰の奴隷」と、個人情報がバッチリ書き込んであり、さらに魔法がかけられていて、指定した範囲(都市内だったり領地内だったり)を出ると爆発する。大きな爆発ではないが、「首」なので生存は無い。
「管理責任者」と「生存可能範囲」がハッキリとしているので「貸し借り」「大口取引」何かは直接取引でなければ奴隷を間に立てる事がほとんどだ。持ち逃げの心配がほぼないという理由だ。
この首輪を外すには、覇王の気合いで内側からグシャッしてヒュッするか、術者から外してもらうしか無い。実家の門を五門まで開けれる今のオレならただ溶接させているだけの鉄の首輪ならネジ切れるんだけどな。
「何しでかすかわからない一般人より、高い金で買い取った信用できる奴隷を重用しよう。大切に使おう」とする奴隷買い主は少なくなく、訓練、研修、教育などを施して、スキルアップさせることもある。
買い主にもよるが休暇や給金がある場合がある。「高い金で買い取ったのにすぐに使い物にならなくなっては困る」といった理由だ。なので、奴隷は「家電」、「物」扱いというよりは、「ブラック社畜」くらいの扱いになる事が多数になっている。ある程度の自由や未来と引き換えに、一定の生存生活を得るのがこの世界における「奴隷」である。「物」ではあるけど。
それでも、この世界の「悪意」や「理不尽」から、この首輪の「信用」によって守られていると思うと「奴隷」という「選択肢」も有りなのかなと…複雑ながらね。
そんなこんなで奴隷生活も2年が経った。わりと穏やかな生活で、淡々と日々の仕事をこなす。泣いたり笑ったり、なんて劇的な事はほとんどない。
それでも、2年という短くは無い時間働いて分かったことがある。
………働きたくないでござる。
悪くない仕事。悪くない職場。それでも、尚!
オレは根っからの「縛られぬ者(neet)」なんだな、と。
「リヤマは剣闘技大会には出ないのか?あの大会で良い成績を残せば、色々なギルドや機関から引き抜きか何かで奴隷から抜け出せるだろ。お前ならやれるんじゃないか?」
奴隷から抜け出す方法は大きく分けて2つある。
ひとつは買い主が手放す場合。何らかの理由で奴隷市場に売却したり、情がわいて家族として迎え入れる為などなど。奴隷が自分で自分自身を買い取る、なんてこともあるらしい。
ふたつめが他者が買い主から新たに買い取る場合だ。先の話のように大会や取引現場などで成績を残す、スキルを見せるなどなどして、他者から引き抜きされるなど。あとは、結婚とか。出入りの商人に気に入られて、なんてこともよくあることだったりする。手放すかどうかは現買い主次第なのだけれど。
「いや、オレは今のままで充分さ。何も不自由してないし、それこそ大会に出てケガでもしたら目も当てられない。」
確かにそのリスクは低くはない、というより、まずケガはするし、最悪死ぬ。今の生活環境を考えれば、まぁそういう考えになるな。
そんな他愛のない話をしながら二人で街の方へ歩いているのは何もヒマだからではなく、仕事だ。この秋に収穫、徴税された小麦を商人ギルドにある程度売却する、というわりと大きめな仕事だ。大口の取引なので、警備として警備官のリヤマを伴っている。お互い出世して、同室ではなくなり、少し疎遠気味なっていたところだったので嬉しい限りだ。
商人ギルドは都市部、街中にあるのだが、オレ達の職場である大貴族クシマ家の領地は都市郊外にある。とても広大な領地で、そのほとんどが農地となっている。なので、徴税というと小麦などの作物を直接税として納めてもらっている。毎年、その一部を金銭に換え領地運営費や交際費などに充てているわけだ。
もちろん、小麦の価格はその年の取れ高、豊作の年は安くなるし、凶作の年は高くなる。凶作、災害時などに考慮し、小麦の放出量、備蓄量を管理するのがオレの大きな仕事となっている。
とは言え、過去の記録を参照して放出量、備蓄量を決めれば、そうそう間違いは起こらないのでそこまで難しい仕事でもない。流石にいくら大雑把とは言え記録は残っているので、この2年、失敗は無かった。2回しかやってないからそんなに凄い事ではないけど。
「おー。見えてきたなー。」
半日近く歩いてやっと街に着いた。馬だったらもっと早くのだけれど。奴隷の身分では使わせてもらえないのが悲しいところ。…まぁ、使用許可が出たところで乗れないんですけどね。
「さぁ、早めに仕事を済ませよう。あまり、長居するもんじゃない。誰に狙われているのか分かったもんじゃないんだからな。」
リヤマはこう言うが、こんな昼間の街中で襲われることなんてまず無い。ひとけの無い路地裏とかに行けばあるかもしれないが、白昼堂々、人を襲うなんてしたら、すぐに街の人々に囲まれて憲兵にとっ捕まるのがオチだ。
この都市は自治領だ。厳密には都市部もクシマ家の領地なのだが、都市内においてはクシマ家の権力は通じない。都市の運営、防衛統治、治安維持を都市内の住民たちが請け負い、維持することを条件に領地内での独立自治を獲得している。
それ故、都市住民は「自分たちでこの都市を守る」という意識が強く、都市内での犯罪や不正行為に対して、憲兵などに任せることなく、住民たち自ら協力してその場で素早く対処し、解決する。
故に、白昼堂々の盗みや強盗などはまず起こらない。無理なことが分かっているからだ。
リヤマもそんなことはわかっているのだが、街中というか人混みがあまり好きではないのだろう。それとも、何か他に理由があるのか?
まぁ、あんまり突っ込みすぎるのも良くない気がするし、この取引の後にも少し記録作業の仕事しないといけないので、リヤマのリクエスト通りさっさと終わらせて帰るとしますか。