隣の芝生(9)
バイト先の会社にエントリーシートを送った。
「堀田さん、うちの会社受けるんでしょ。律儀にエントリーシート送って。3年もバイトしてくれてるんだから、エントリー前に相談してくれても良かったのに。」
チーフプランナーの相沢さんが私に声をかけてくれた。
姉の撮影の担当してくださったり、日頃から気さくに対応してもらっている。
「少し前まで何がしたいのか決まらなくて、姉の撮影の時にこの仕事がしたいと思って…。とにかくまずはエントリーシート送らなきゃって、考えて。」
私はそう答えると、
「やりがいある仕事だからね。頑張って、期待してるね。」
相沢さんはどこか姉に似ている。
年も明けそろそろ本格的に就活が始まる。
姉も体調を見ながら時短で仕事をしてはいるが、今までのようには行かず、少しツラそうだった。
「お姉ちゃん、ケーキ買ってきたよ。」
私は姉の家にバイト帰りに寄った。
「イチハ、いらっしゃい。」
姉はいつものように笑顔で迎えてくれてはいるが、少し顔色が優れない感じだった。
「カナタくんとジュンタさんは?」
私が尋ねると、
「買い物をお願いしていて今、出掛けてるけどすぐに帰って来るよ。」
姉はリビングのソファに深く座った。
肩で息をしながら少しツラそうだった。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
私は姉のそばに行き、姉の顔を覗き込む。
「ちょっと、昼ぐらいから痛みがあってね。薬は飲んだから、少し休んでれば大丈夫。」
明らかに苦しそうだった。
眉間にシワを寄せ、顔が少し歪む。
ソファに倒れるようにうずくまる。
私は姉の背中をさすり、早く薬が効いて痛みが落ち着くのを待つしかなかった。
私の背中にある手の反対の手を姉は握って、
「大丈夫だからね。」
と私に伝え、必死に痛みに耐える。
時折ぐっと手に力が入り、私の手の甲に姉の爪が少し食い込んだ。
肩で息を吐いたり吸ったりして、必死に呼吸を整える。
不安になりながら背中をさすり続けた。
「ただいま。イチハちゃん、来てる?」
ジュンタさんがカナタくんと食材を持ってリビングに入ってきた。
「シオリさん、大丈夫?動ける?」
ジュンタさんは床に荷物を置き、姉のそばに寄った。
カナタくんもソファに歩いてきたが、不安そうな顔で目の前の状況を見ていた。
「ジュンタ、さっきよりは痛みはないけど、ちょっとしんどいかな…。」
姉がそう言うと、ジュンタさんは姉を抱きかかえ寝室に連れていく。
私は力が抜けて床に座り込み、勝手に涙が出てきた。
カナタくんは私の肩を掴み、
「イチハ、大丈夫だからね。シオリちゃん、頑張ってるから。」
と、声を絞り出していた。
小さい体を震わせて私を気遣ってくれている。
私はカナタくんを抱きしめ、その小さい背中をゆっくりさする。
「カナタくん、ありがとうね。」
私はぎゅっと力を込めた。
ジュンタさんが少しすると寝室から出てきて、
「シオリさん、少し寝るみたいだから。」
と私に伝えた。
「カナタ、冷蔵庫に片付けしよう。」
と、2人はキッチンに行き、
「イチハちゃん、簡単なもの作るね。焼きそばとかでも良いかな?」
ジュンタさんは笑って私に尋ねた。
私は手の甲に付いた姉の爪痕が赤くなっているのを見つめながら、小さくうなずいた。