隣の芝生(6)
父から翌日連絡があった。
「イチハ、シオリの事は聞いてると思う。出来るだけ休みはそっちに母さんか父さんが行けるようにするから。あと、シオリの写真撮るときには2人で行くから。」
父が電話するのは珍しく、いつも母が私に電話をするのに…。
「お母さんは?」
私が尋ねると、
「仕事には行ったけど、帰ってからは泣いてて…。」
父はそう言って黙ってしまった。
そこからは何を話したのか、どうやって終わったのか覚えていない。
姉の病気は現実だと、また実感して途方にくれた。
私が出来ることはまずは姉の希望を叶えること。
バイト先に連絡をして、姉からの希望日を伝えた。
最短の予約可能日を姉に伝え、そのままその日に予約を入れた。
それを両親に伝え、その日は朝からこちらに来ることになった。
私は姉のドレス選びや着付けの方やヘアメイクの方、スタジオの確認や小物類などの準備を急いだ。
ブーケは私が選んだ。
シックなスレンダーラインのドレスに似合う秋冬のブーケ。
ラナンキュラスとチョコレートコスモスにユーカリなどのグリーンを入れたブーケ。
姉が持つと本当に美しかった。
ハーフアップにした髪にブーケと同じ花で飾りを付け、可愛らしく姉はくるりと回る。
「イチハ、可愛くしてくれてありがとうね。」
姉は私を見て笑った。
「父さん、母さん、来てくれてありがとう。」
姉は母を抱きしめた。
「シオリ、キレイにしてもらったね。楽しんできて。」
母は姉にそう言って、一生懸命笑っていた。
父は姉と母の写真を撮りながら、黙っているが穏やかな表情で見守っている。
治療が本格的になる前に姉は楽しい思い出が欲しいと言った。
それを私は少しでも叶えたかった。
ジュンタさんは淡いグレーのタキシードを着て、カナタくんもかわいらしい同じ色のセットアップを着て2人とも恥ずかしそうに最初はしていたが、姉を見て喜んでいる。
「シオリさん、めちゃくちゃキレイ。」
ジュンタさんは姉のそばに寄り、手を握った。
「シオリちゃん、本当にすごくかわいい。」
カナタくんは姉とジュンタさんの間に入り、2人と手を繋ぐ。
まずは3人での写真を撮り、その後、姉とジュンタさんで楽しく様々なポーズで撮る。
カメラマンの影から父も同じように撮っていた。
その父の姿に姉は笑い、楽しく撮影が続く。
次は和装での撮影。
姉はベージュの上品な色打掛に控えめな色の花で作られたヘッドドレス。
ジュンタさんは淡い色の羽織にグレーの袴。
赤い番傘を差したり、2人で正座でちょこんと座って指を付いたり、本当に楽しそうだった。
父も母もずっと写真や本人達を何度も見て、楽しく過ごしている。
姉は終始笑顔でジュンタさんや私達を見ていた。
ジュンタさんを見ている姉は本当に愛情が溢れていた。
そんな姉を優しく包むような笑顔でジュンタさんは見つめる。
私は切なくなった。
今日は泣いてはダメだと思っていたので目を大きく開いて上を向く。
今の瞬間だけでも純粋にみんなが幸せで溢れていられるように、私は黙々と仕事をする。
姉が移動するときに着物の裾を介助する。
「イチハ、ありがとうね。」
姉は私の耳元で優しく伝えた。