隣の芝生(5)
私が姉の家に着くと、姉がいつものように笑って出迎えてくれた。
「いらっしゃい。今日はイチハの好きなオムライスにしたよ。」
姉はすでに玄関で泣いている私を、子供をあやすように抱きしめて背中をさすった。
「もう、子供じゃないし…21歳だし。」
感情がぐちゃぐちゃだった。
「でも、オムライスは好きでしょ?」
姉は私の顔を覗き込むように笑う。
「お姉ちゃんのオムライスもハンバーグもカレーも好き。」
笑いながら泣いた。
姉は“やっぱり子供じゃん。”と背中をポンポンと軽く叩いて、私をリビングに招く。
カナタくんもジュンタさんもいつも通りで、私は姉からの電話が聞き間違えかと思った。
「イチハ、遅いよ!シオリちゃんのご飯早く食べよう。」
カナタくんはテーブルを叩いて、座るように急かした。
カナタくんは小学2年生になり、以前の幼さは減って姉の影響かかなりしっかりしてきている。
「ジュンタ、早く座って。」
姉に促されてジュンタさんは姉の隣に座る。
心なしか目が潤んでいるような気がした。
カナタくんがジュンタさんとお風呂に入っている間に食事の片付けをして、姉にフォト婚のプランのパンフレットを見せた。
「和装か洋装のどちらか1点とか、両方着る欲張りプランやデータとアルバムが付くやつもあるし、ロケかスタジオでも違うよ。土日祝は少し値段が上がるんだけど…。」
私は姉の様子を見ながら話をしていた。
「イチハ、心配しないで。頑張って生きる努力はするから。でもね、キレイなうちにジュンタに見てもらいたいの。ずっと一緒にいれるから結婚式とかはどうでも良かったんだけどね。死ぬかもって思ったら不安になってね。ジュンタが本当は式したいけど、私の治療や体力とか考えてせめて写真撮ろうって言ってくれたんだ。好きな人にはキレイなところ見てもらいたいでしょ。」
姉は男前だけどかわいらしい人でもある。
私だったら不安で前向きなことは考えられない。
姉もそうなのかもしれないけれど、なんでこんなに楽しそうにしゃべれているんだろう。
お風呂からカナタくんとジュンタさんがリビングに戻ってきた。
2人とも姉の近くに行き、パンフレットを覗いている。
「イチハちゃん、欲張りプランで。うちの奥さん、キレイだから1つに決めれないし…。あと、カナタも一緒に撮れると嬉しいんだけど…。」
少し高いテンションがいつもと違う感じで、ジュンタさんは私に話しかける。
「2人で撮れば良いじゃん。恥ずかしいよ。」
カナタくんは楽しいしそうに2人を見ている。
「カナタも一緒に撮るよ。もちろん、2人でも撮るけどね。」
姉はカナタくんの髪の毛をわしゃわしゃ撫でた。
私はこれが本当に続けば良いのにと思った。
その瞬間、また涙が出てきた。
ボタボタと涙が止まらなくて、自分でもどうしたら良いのかわからなかった。
「イチハ、どうした?泣かないよ。」
姉は私の背中を抱きしめてさする。
「これが続くと良いなって…お姉ちゃんが元気なら良いな…。」
私は気持ちを落ち着けようとするけれど、喋るとまた涙が勝手に出てくる。
「ごめんね、イチハ。ねぇちゃん頑張るからね。」
と、姉は私の背中をさすり続けた。
「イチハ、シオリちゃんは頑張るって言ってるんだから…。イチハも泣くなよ。」
カナタくんは目に涙を溜めながら私の手を握った。
ふと視線をずらすと、ジュンタさんも眼鏡をずらして涙を拭いていた。