隣の芝生(4)
私は姉みたいにやりたいことがはっきりしてなくて、姉を羨ましいと思った。
かといって、それは憧れに近い。
そうなりたいけれど、どうして良いのか具体的にはわからない。
「お姉ちゃんはすごいよね。私はなかなか決めれないし、何が正しいのかわからない。私は何が出来るんだろう…。」
姉の顔を見る。
「正しいかどうかはやってみないとわからないよ。やってみたいが大事だよ。正しいは何に対して?」
姉は私に優しく尋ねた。
「…世の中?」
私はわからなかった。
「正しいとかは人それぞれだよ。やりがいがあって楽しく仕事をする人もいれば、仕事以外にやりがいがあって、そのために仕事でお金を稼ぐ人もいるからね。やりたいことが出来ることではないけど、出来ることを選ぶのも、やりたいことを選ぶのも間違ってないよ。どっちも正解。」
姉は優しく私に伝える。
「お姉ちゃんはやりたいことが出来ることなんだよね。」
姉をやはり尊敬する。
私がやりたいことはなんだろう。
私は結局、やりたいこともわからない状態で半年をすぎた頃、姉の病気が見つかった。
少し前から胸に違和感があると言っていたが、仕事の忙しさでなかなか病院に行けなかったと言っていた。
それが私に告げられたのは私がバイトをしている式場で姉がフォト婚をしたいと連絡があった時だった。
私は大学から帰宅して、家でのんびりしようとコンビニで買った炭酸とチョコレートを開けて、ソファに転がった。
夕方でも秋の終わりは薄暗く目をつむると眠くなりそうだった。
スマホの着信が入り、体を起こして画面を見ると姉からだった。
「イチハ、写真を撮ろうと思ってね。ジュンタが提案してくれたんだけど。実は乳ガンになっちゃって…。ステージ4で結構転移とかもしちゃってるぽくてね。元気なうちに写真だけでも撮ろうって。急にごめんね。父さんと母さんにはさっき伝えたんだけど。」
姉が電話でそう私に伝えた。
正直、頭の整理がつかない。
「手術すれば治るの?」
私は尋ねた。
「手術は難しいみたいで、リンパ節切除したりはするかもだけど、基本的には放射線治療と薬物治療かな?頑張る前のご褒美をしとこうと思ってね。」
私は姉から何を聞いているのだろうか。
炭酸のペットボトルは時間が経って汗をかいたように濡れていて、テーブルの色がそこだけ濃くなった。
外がだんだん暗くなり、気持ちが不安に支配される。
姉はいつまでも元気でいるものだと思っていた。
どんなに大変でも何でも出来てしまう姉が、声こそ明るいが動揺を少ししているのが分かる。
「今からお姉ちゃんの家に行っても良い?」
私はとにかく姉に会いたかった。
なんにも出来ないのはわかっていたけど、1人で家にいるのは無理だった。
「イチハ、怖くなっちゃったか…。ごめんね。泊まる用意しておいで。待ってるね。」
明らかに姉の方がツラいのに、気を遣わせている。
それでも、はやく会いたかった。