融解の方法(16)
一通り準備が整った頃に玄関が開く音がした。
リビングにヒョコっとジュンタさんが現れ、
「ハンバーグ、いい匂いだね。ただいま、イチハちゃん。」
いつものように鼻をスンスンさせながら楽しそうに彼は笑っている。
その仕草だけで気持ちが揺らぐ。
それでも私は進むことを決めた。
ジュンタさんは寝室に行き、部屋着に着替えて手を洗ってリビングに戻る。
私は帰るかどうか悩んでいた。
「食べて帰るよね。」
ジュンタさんがそう言って、
「イチハ、早く食べよ。イチハのも出したよ。」
とカナタが私の分の食器を準備してくれていた事を伝えた。
私は久しぶりに3人でご飯を食べた。
表面上は冷静にいることを努め、それでもカナタに心配させないように明るく笑っていた。
たぶん、それもカナタは気がついているのか時々私の顔をチラチラ見ていた。
ジュンタさんは変わらず穏やかに優しく笑う。
その顔を見ていると、昨日の夜のマサキさんとの時間が後ろめたくなった。
きっとそんな感情すら不要なのに、それでも喉の奥に何か詰まったような息苦しさを感じた。
好きになれると思って過ごしたあの夜より目の前に優しく笑っている彼を見ている方が、切なく幸せだと思えてしまっていたたまれなかった。
早くマサキさんの声を聞いて安心したいと思った。
食器を洗って片付けを終えて、少し急いで帰ると伝えたら、久しぶりにちゃんと送るとジュンタさんが言った。
私が大丈夫だと言ったが、少し強引に2人で外に出た。
カナタは私を少し心配そうな顔で見ていた。
少し昼間よりは蒸し暑さはないが、十分熱を感じる空気をより重く感じさせるような沈黙が続く。
「元気そうで良かった。なかなか最近話が出来なかったから心配してて…。」
とポツリポツリ彼は話し始めた。
「何かイヤなことをしてしまったのか悩んでいたんだよ。カナタも心配していたし。」
優しい声で私に伝える。
その気持ちはきっと姉に対する気持ちの延長線上であって、私の気持ちと交わることはない。
「ちょっと仕事や資格とかやることがたくさんあって、いっぱい、いっぱいだっただけですよ。」
私はそう懸命に笑いながらそう答えた。
少し手を伸ばせば繋げる距離がもどかしく感じられる。
触れるか触れないかの距離に姉との指輪が、しっかり私の気持ちにブレーキをかける。
途中コンビニで珍しくアイスを何個か買って、別れる前に1つ選ばせて、彼は目を細めて私を見守りながら同じ道を帰っていく。
私は部屋に戻り、マサキさんに連絡した。
耳元で聞こえる優しい穏やかな口調に強張った気持ちが緩まるのがわかった。
「おやすみ、好きだよ。」
彼の愛情を感じながら、
「…私も好き。」
と言葉をこぼす。
切ない苦しい気持ちも、彼の私を肯定してくれる愛情を感じられる言葉に少し融けていく。
ズルさも醜さも心の奥に追いやって、ただその気持ちを甘やかされる言葉をしっかり受け止める。




