隣の芝生(10)
一旦、姉は落ち着いていたものの、夏ごろには少し体力が落ちてしまっていた。
仕事もままならず、仕事は長期病休になった。
もともと主任をしていたようだが、病気で時短になり自分から降格を申し出たようだった。
営業職を天職と思っていた姉が、時短でサポート業務で内勤となり、いろいろ思うことがあったと思う。
放射線治療を数十ヶ所行うことになり、姉は入院した。
吐き気とだるさでぐったりしている姉を見舞うのはツラかった。
父や母は必ずどちらかが週末訪ね、姉の家に惣菜などをたくさん持ってきていた。
私は就職がバイト先の会社に決まり、あとはほぼ卒論だけとなった。
「イチハ、ゼミに遅れるよ。」
大学の友人のモモカが私を引っ張って移動する。
「とにかくチェックしてもらわないと、進まないから。」
モモカに急かされているが、前回と進み具合があまりなく、少し足が重かった。
「なんでこれにしちゃったんだろう…。」
私は近代、現代文学でなんとなく与謝野晶子の『乱れ髪』を選んでしまったが、正直私は今そんな気分ではなかった。
「晶子の気持ちがわからない…。」
大学に入って一時期短い間付き合った人もいたが、姉の病気でそれどころではなくなった。
姉の方が大事だった。
プランナー検定に向けて勉強したり、カナタくんの迎えに行ったりしているうちに別れてしまった。
別にツラくもなかったし、こんなものかと思った。
「晶子のパッションが私にはないから…。」
呟いてみたものの今から変更するわけにもいかず、とにかくやらなければいけなかった。
年末までの提出やそのあとの質疑応答など気が重い。
それでもしなくてはいけない。
土日のバイト以外は姉の側で卒論を進めていった。
「イチハはなんでこれにしたの?」
姉も不思議に思ったのかもしれない。
「単純にすごくエネルギッシュだなぁって。当時は今よりオープンな感じではないし、ましてや女性が自由に表現出来ることが難しかったと思って。私にはわからないことが面白そうだなぁって。でも、かけ離れすぎてちょっと大変。」
私は女性が力強く生きている感じがすごいと単純に思った。
恋愛にしろ、仕事にしろ、私には最近までこだわりがなかったから憧れてもいる。
私は姉の恋愛をあまり知らない。
ただ、素直で真っ直ぐなんだと思う。
仕事も恋愛もブレない力強さが姉にはあると思う。
「有名な…やわ肌のあつき血汐にふれもみでさびしからずや道を説く君…あれは私も知ってるよ。」
姉が楽しそうに話をする。
「なかなかもどかしい歌だよね。でも、そんなに情熱的になることがあるのかな…。」
私はそんな気持ちになった事がない。
「好きな人には触れたいし、触れられたいと思うものよ。私はジュンタにずっと触れていたいし、触れて欲しい。肉体的だけじゃなくて、気持ち的にも。」
姉はうつ向きながらそう言った。
「イチハもいつかそんな人に巡り会えるといいね。」
姉は私を本当に穏やかに見つめた。
ジュンタさんの話をする姉がとてもかわいらしく思えた。




