命の重み
これが世間で一般に知られているセレスティア彩乃の最後の試合の結末である。だが、セレスティア彩乃の「死」に関する真相は、今でもごく限られた関係者のみしか知らない。
試合会場から救急車で病院に運ばれた彼女は、ずっと昏睡状態が続いていた。セレスティアの専属医師であり、親友でもある神崎真理子も一週間近く病院で寝泊まりする生活が続いている。
朝、看護師が大慌てで神崎真理子のところにやってきた。
「神崎先生、セレスティア彩乃さんが目を覚ましたみたいです!」と看護師が興奮気味に報告する。
神崎は驚きながらも、すぐにセレスティアの部屋に駆けつけた。彼女はドアを開けると、ベッドに横たわったまま、目で天井を追っているセレスティアの姿があった。
「セレスティア、やっと目を覚ましたんだね!大丈夫?」
神崎は心配そうに尋ねる。
「神崎先生…」
セレスティアは弱々しい声で答えた。
「私、まだ夢の中にいるみたいです…」
神崎は困惑しながらも、セレスティアの手を取り、優しく握った。
「これからはきっと良くなっていくから、安心して。」
セレスティアは、神崎の声を聞きながら心の中で葛藤していた。現実と夢の狭間で、彼女は自分の目覚めが本物なのか疑問に思った。彼女の心には、試合の興奮と仲間たちの声が交錯していた。
「私の闘志は、まだ消えていない…」
セレスティアは静かに決意を固めると、微笑みながら神崎の手を握り返した。
「ありがとう、神崎先生。私はまだやり残したことがあるんです。夢を諦めないために、もう一度リングに立ちたいんです」
神崎は、セレスティアがその言葉を言うことを予想していた。そして、それに対する答えもすでに決めていた。神崎はきっぱりと言った。
「残念ながら、その夢はかなえられないよ」
「どうしてですか?私にはまだ戦う力があるのに!」
セレスティアは声を震わせて反論した。
神崎は深く息を吸い、真剣な表情で続ける。
「セレスティア、あなたの体は、もう、だいぶん前から、過度のトレーニングとハードな試合で、限界に達していたのよ。正直、クイーン・ヴィクトリアとの試合に立てたこと自体が、奇跡と言ってもいいくらいだ。だから、もし、またリングに立つことがあれば、本当に今度こそ、命を失ってしまうことになる」
「そんなの、私には関係ない!もう一度、夢を追いかけたいんです!」セレスティアは涙を浮かべて叫んだ。神崎はその姿を見て、心が痛む思いだった。それでもできるだけ冷静を詰めながら言った。
「セレスティア、あなたのプロレスにかけた思いや情熱は、私なりに理解しているつもりよ。あなたがどれだけ、プロレスにかけてきたか、そしてそれを簡単にあきらめきれないことも分かっている。患者の希望をできるだけ叶えることが医師の役目だと、私は常に思っている。それでも、あなたがプロレスに復帰することは、断固、反対するわ。奇跡はそう簡単には起きないのよ。あなたが次にリングに上がると、本当に今度こそ、命はないのよ。これは、主治医としてだけでなく、あなたの親友としても言っているのよ……。おねがい、セレスティア、私に再び大切な人を失う思いをさせないでちょうだい……」
神崎真理子の声は次第にうわずってきた。彼女はセレスティアのベッドのもとにかがみこんでしまった。真理子の姿を見る。いつも身だしなみをきっちりしている彼女が、今は頭髪はぼさぼさだし、白衣もよれよれだった。セレスティアは思い出す。親友の神崎真理子が医者を志すようになったのは、まだ幼い妹を重い病気で亡くしたことからだった。
長い沈黙の後、セレスティアは、真理子の肩をやさしくなでながら言った。
「…分かったわ、神崎先生、いえ真理子の言うとおりにするわ。私にとってプロレスは大切なだけど、その夢に誰かを悲しませることはできない……」
神崎先生や周りの人たちをこれ以上、悲しませることはできない。私の夢は彼らの支えや応援があってこそ成り立っているのだから。私がずっとリングに立ち続けることができたのは、それで誰かが勇気づけられるからではなかったのか。
セレスティアは思いを巡らせながら、真理子に微笑んだ。
「私ができることは、皆を励ますことだったのね。だから、これからはリングを離れて、他の形で支えたい」
真理子はその言葉を聞き、安堵の表情を浮かべた。セレスティアの決意は、今までの戦いの中で得た新たな力となるはずだった。




