第5話
僕は今、大いに混乱している。
気が付くと壇上に立たされて、大勢の同僚や先輩達に注目されているからだ。
あまりの静寂に胸が苦しくなってきた。
拡声器を持たされた僕はしどろもどろに話し始める。
「あー、その……ええっと……この度は、いや、まあ……ええ、へへっ」
苦笑いするも、全員が真顔で話を聞いている。
僕は血の気が引くのを感じ、そのまま倒れそうになった。
それを止めたのは、一緒に登壇していた上官の言葉であった。
「どうしたのだね、ヒーデルト二等兵。先ほどまでの威勢はどうしたのだ」
「す、すみません……緊張してしまって」
「大丈夫だよ。疲労で頭が回らないのだろう。ここは私が引き継ごう」
この上なくありがたい気遣いだった。
僕から拡声器を受け取った上官はさりげなく僕に囁く。
「君はこの国の英雄になる。演説くらいできるようにしたまえよ」
「は、はあ……」
僕は曖昧な反応を残して降壇する。
その瞬間、近くにいた男達が僕に殺到してきた。
あちこちから引っ張られながら賞賛の言葉をぶつけられる。
「すげえな、ハイク! 見直したぞっ!」
「今まで手を抜いてやがったのかよ!」
「戦い方を教えてくれー!」
「赤鋼の偽竜の再来だァッ!」
周りはとにかく大盛り上がりだった。
対する僕は「ははは……」とか「どうも……」くらいしか返せない。
理由は明白だ。
僕が直近の作戦時の記憶をすべて失っているからである。
ハイク・ヒーデルト――つまり僕は魔術師の精鋭部隊を単独で殲滅した。
まったく憶えていないし、あまりにも信じられない話だが、ヴァッハル二型の戦闘データがそれを証明していた。
結果、僕は盛大に祝われていたというわけだ。
軍服の胸には夥しい数の勲章が付けられている。
一度の出撃で貰ったとは思えない状態だった。
(僕がそんなに強いわけがない。絶対に人違いなのに……)
その時、通信端末が振動する。
相手はサポートAIのルイナだった。
ひとまず人混みから脱出した僕は応答する。
「あの、何でしょうか……?」
『ライド・ノートン特務大隊長。あなたに指示された装備の用意が完了しました。今すぐ確認しますか?』
「ちょ、ちょっと待ってください。ライドって誰ですか。僕はハイク・ヒーデルトですが……」
僕はやんわりと述べる。
するとルイナは毅然とした口調で応じた。
『あなたの名前は存じています。しかし、ライド・ノートンと呼ぶように訂正されました。特務大隊長の肩書きも同様です』
「いや、でも……」
『あなたの要求です、ライド・ノートン特務大隊長』
重ねて断言されると、もう何も言えない。
AIのルイナまでおかしくなっている。
ライド・ノートンは確か百年前の英雄である。
僕と同じく戦闘機乗りだが、それくらいしか共通点が無い。
どうしてそんな英雄と同一視するのか。
僕は、記憶を失っている間の自分の精神状態が心配になってきた。
『次回の出撃は半日後です。速やかに支度を進めましょう』
「ええっ!? 何の作戦も聞いてないですよぉ!」
『帰還中のあなたが提案したことです。準備は済ませたので実行していただきます』
「そんなーっ!?」
こんなに目立ってしまっては脱走兵になることもできやしない。
僕は空を仰ぎながらため息を洩らした。