姉だった人のことと、後悔 ⑧
「……そなたはまだまともな思考をしておるのだな」
陛下の元へと向かい、私はシンフォイガ公爵家のこれからのことを話した。
私が話をした後、陛下はほっとしたように息を吐いている。
「……いえ、私がもう少し思慮深ければ二番目の姉に対してあのような態度をし続けることをしなかったでしょう。魔術を使えない相手にならあのような扱いをしてもいいと信じ切っていましたから」
「それは私も同罪だ。シンフォイガ公爵家の次女が社交界などに出ないことも、噂を流されていることを疑問に思いながらも何も対応をしなかった」
陛下はそう言って何とも言えない表情を浮かべていた。
……一番ひどかったのは私達家族であることは、否定しようのない事実だ。幾ら貴族は家族関係が希薄だったりするとはいえ、謂れのない噂をどうにかすることだって私には出来たはずなのだ。両親に逆らえなかったとしても、あの人と仲良くすることだって。
それをすることなく、私は魔術の使えない二番目の姉は特別なことなどは何も出来ずに価値などないのだと本気で思っていたのだから。自分からあの人に対して何かをすることはなくても両親や姉二人のやることを放置し続けてたのだから。
家族がそうなのだから、この国の人達もあの人を庇うような行動をする人は誰一人居なかった。……そもそも関わりがない人ばかりだったからそういうことをすることはあり得ないだろうけれども。
「……私は魔術を使えないあの人は、そんな態度をされても仕方がないと思っていました。悪評を押し付けられても、ただされるがままだったのも当たり前だと思っていました。離縁され、家から勘当された後に名前を聞くことなどありえないと気にもしていなかったのです」
客観的にみれば、そのような考え方がどれだけ冷たいのだろうかとそう思ってしまう。
ただ私はそれを当たり前だと思っていた。取るに取らない存在だと……二度と名前を聞くことはないと。
……ただ侮っていたのだと思う。
何者にもなれず、自分達に関わることもせず――ただ姉だった人という認識しかなかった。
「そういう考え方があることを知っていながら、放っておいた我が国の風潮も問題だったのだろう。それに幼いころからそう言われ続けていたのならばその考えを変えられないのも仕方がない。……『知識の花』の活躍は周りへ大きな影響を与えている。スラファー国自体が彼女を支援しているからこそもあるだろうが、その活躍の広まりが早い」
そういいながら神妙な表情をする陛下。
二番目の姉の噂は驚くほどに周りに広まっている。スラファー国は、魔術が使えないあの人の行動を支援しているのだ。この国だったら、魔術師の家系に産まれながら膨大な魔力は持っていても魔術を一つも使えない二番目の姉を支援するなどという存在はまずいなかっただろうと思える。
……寧ろシンフォイガ公爵家の名を失い、離縁もされて何も持たないあの人と関わりを持った王弟殿下が凄いというべきか。
それとも何もかも失ったのに、そのまま落ちぶれることなく働き始めたあの人を褒めるべきか。
どちらの行動もきっと私には出来ないだろう。
ただの図書館の職員として働いていたという離縁された過去を持つあの人に近づくことも、今の状況の全てを失った後にすぐに自分の足で歩きだすことも……。
このまま二番目の姉の名は広まっていくのだろう。
そんな中でシンフォイガ家は何が出来るだろうか。
「……そう、ですね」
「シンフォイガ家はそなたに継がせるとして、他の者達はどうする気だ?」
「考えを改めないのならば、幽閉などの処置をすることしか出来ません。影響力を全てなくさせる必要もあります」
……説得して、二番目の姉に対する認識を変えてくれるのならばそれでいい。
だけれどもきっと両親も他の姉二人も……そのままな気がする。いっそのこと命を奪った方が楽なのかもしれないとは思うが、それは最終手段だ。
それにしてもまだ陛下が……私の家族と同じような思考でなくてよかったと安心する。もしそうなっていたら、この国自体が大変なことになっていただろう。
それだけ周辺諸国は、スラファー国のことも『知識の花』と呼ばれるあの人のことも注目をしている。
「そうだな。それは仕方がない。シンフォイガ公爵家に関しては……爵位は下げさせてもらう。申しわけないのだが『知識の花』の流出の責任を誰かがとるべきだという声が大きいのだ」
そんな言葉を聞きながら、誰もが責任転嫁をしているのだろうなとは思った。
あの人が活躍すればするほど、彼女が他国に行く大きな原因となったシンフォイガ家に対して周りが矛先を向けるのは当然だ。
あの人と和解したウェグセンダ公爵家と違い、我が家はあの人と話すことさえも出来ていないのだから。
……そもそも合わせる顔がない。
そうして、シンフォイガ公爵家の爵位は下がった。私は爵位を継ぎ、両親や姉二人は騒いでいたけれど押し込めた。




