姉だった人のことと、後悔 ②
「……アレが、隣国で活躍している?」
「そんなはずがない。クレヴァーナは魔術の一つも使えないのよ! そんな存在が名を馳せるはずなどないのだわ」
目の前で両親が顔を顰めてそんなことを口にする。
……私も両親の言う通り、信じられない思いでいっぱいだった。両親の言うことも尤もで、私は嘘なのではないかと思った。ただクレヴァーナという二番目の姉の名を騙っているだけの……まがい物がいるのではないかと。
なぜなら二番目の姉は、魔術を使うことさえできず何もしようとしなかった。私の知っている姉は、そういう人だった。
結婚していた頃のあの人も……微笑んではいたけれども、そこに心が伴っていないようなそんな様子だった。本当に何を考えているか全くわからなくて、ただ息をしているだけのような――そんな感じだった。
そもそも隣国で名を馳せるだけの何かがあの人にあるとは思えない。
いや、見た目だけは良かったからもしかしたらそれで有名になったとかだろうか? 男性を誑かしているという、根も葉もない事実。他の姉達の行ったことを被っていたのだが……それを真実にしてしまったのだろうか。
そうなったら困る。
ただのクレヴァーナとして活躍しているならともかく、それが“クレヴァーナ・シンフォイガ”だと広まっているのならば問題だ。それでシンフォイガ公爵家の評判が下がっても困ると、私はそんなことを考えていた。それに本人がクレヴァーナ・シンフォイガであることを隠していたとしてもそれが暴かれることはあるかもしれない。……そう思うと、こちらに噂が届くほどに活躍しているなどは迷惑だなとさえ思ってしまった。
「……あの人が、どう活躍しているというのですか?」
「『王弟の愛する知識の花』」
「はい?」
母上が、顔を顰めていった単語の意味が私には分からなかった。
「それが、アレの今の呼び名らしいのよ」
母上は信じられないとでもいう風に叫んだ。
……まだ『王弟の愛する』という意味は分かる。あの人は見た目はとても美しい人だったから。だからこそ問題があっても、ラウレータを産むことが出来たのだとは思う。
しかし『知識の花』という単語が全く分からない。そんな呼び方をされるのは、あの人とは結び付かない。
「あの人がそんな呼び名をされるなんてありえないのでは?」
「そうよね。私もそう思っているわ。クレヴァーナがそんな風に呼ばれるなんてありえないもの」
信じられないとでもいう風に母上は声をあげている。そして父上はそれに頷いている。
「その真偽はどこまで掴めているのですか?」
「こちらでも探っているが……しかし陛下から待機するように言われてしまったんだ」
「……待機?」
私は意味が分からなくて、思わず呟く。
なぜ陛下が出てくる事態に陥っているかもわからない。陛下にはその他国で活躍しているという“クレヴァーナ・シンフォイガ”だと言われている何者かが、本人ではない可能性が高いことや例え本人だったとしてもシンフォイガ公爵家とは関係がないことは伝えておくべきだとは思っているのだが。
どういう意図があって陛下はそのように待機と言っているのだろうか。
ただ王命であるのならば、公爵家としては従うしかない。
「父上、母上。私の方でも知り合いに情報を求めます。待機とは言われていてもそのくらいならしてもいいですよね?」
「私もそれは進めるつもりだ。情報を集めておかなければ待機が解除された後に動きようがなくなってしまう。私たちの耳にまで話が入ってきているのだから」
「本当にそうですわ!! 早めに対処が出来なければ我が家の評判がどうなることか……! それを思うだけでもう不安で仕方ありません」
父上と母上の言葉に私は頷く。
交友のある貴族達に話を聞いてみよう。あとは私の直属の使用人たちも動かす予定だ。父上と母上も同じように情報を集めることだろう。
ただしい情報が入ってくればいいが……。
活発的に情報を集めることを出来ないことはもどかしい。
この屋敷に居る使用人たちは、あの人のことをよく知っている。あの人がそういう活躍の仕方が出来る人でないことを、父上の部下たちも把握している。
――それに彼らならば、隣国に居る“クレヴァーナ・シンフォイガ”とされている人物が本物か偽者かすぐにわかることだろう。
思えば確かに少し前に「クレヴァーナ・シンフォイガが男を誑かしている」などという情報は聞いたことがあった。しかしここまで大きな噂ではなく、すぐに噂はとどまった。
というよりもシンフォイガ公爵領に魔物が出現したりといったことがあり、その対応が忙しかったからのもありそのあたりの調査は出来ていなかった。
それが後々こういうことになるとは……。
本当に早めにこの問題が片付けられれば良いとそうとしか思っていなかった。しかし……調査の結果、あの人が本当に隣国で『知識の花』などと呼ばれ、数々のことをなしたのだということが分かった。
……どちらかというと二番目の姉は静という単語が似合う人だった。活発という単語と正反対。積極的に動くことなどせず、ただ流されるままな人だった。それが、本当に……? という気持ちの方が強かった。




