働き始めました。
「今日からこの図書館で働くことになったクレヴァーナさんよ、皆、よくしてあげてね」
嬉しいことに私は無事に図書館の職員として採用された。この街に辿り着いてからよく図書館に足を踏み入れていたのもあって、顔見知りの職員が多かった。なぜだか私のことを笑顔で見ている人が多くて、驚く。
今までの人生でこんな風に笑顔で人から迎えられることなど一度もなかった。
ちなみに住まう家に関してもルソアさん達が手配してくれた。何から何までお世話になりっぱなしで、感謝しかない。
「今日から此処で働くことになったクレヴァーナです。よろしくお願いします」
頭を下げれば、周りが笑顔で受け入れてくれる。
それがなんだか不思議だった。娘以外に私をこんな風に笑顔で迎え入れてくれる人というのは居なかった。私に同情した人も、私が話しかけると困った顔をしていた。
それだけ私に関わると厄介事が舞い込んでくることを彼らも分かっていたから。
「クレヴァーナさんは様々な国の言語を使えるのでしょう? それだけの言語を使いこなせるなんてすばらしいわ」
「あの試験を受けて高得点だったんだろう?」
そういって声をかけてくる人たちにどんなふうに反応していいか分からなかった。
本に載っていた通りに笑って受け止めてみることにした。私が誰かと接する時、困ったら本に記載されている通りに行うようにしている。
それにしても私は時間があったから勉強していただけだ。本を読んで学んでいたからの成果なので、凄いと言われることもよく分からなかった。
娘であるラウレータには「おかあさま、すごい」と言われていたけれど……。
でもこうやって私を受け入れてくれている人たちも私がクレヴァーナ・シンフォイガだと知ったら、私の言葉を聞いてくれなくなるだろうか? そんなことを思ってしまった。
この図書館には他の国からも多くの来訪者がやってくる。このスラファー国の言語が上手く喋れない人の対応などを私は行うことになった。実際にこうやって喋ることは面接の時以来、初めてだった。でも上手く意思疎通が出来たようで良かったと思った。
それに翻訳の仕事も任せてもらえた。図書館に所蔵されている本を翻訳し、必要としている人の元へと送り出すのもこの場所の役割の一つだった。
こうやって仕事として翻訳をするのは初めてだった。
いつもただ一人で本を読んで、それを違う言語に翻訳したりしていただけだった。実家で行っていたそういう一人遊びが仕事につながるとは思ってなかった。
ルソアさんには「読み書きも話すのも完璧なんて流石だわ」なんて言われた。
褒められるとなんだか不思議な気持ちになった。
私が仕事を頑張れば頑張るほど、周りは私のことを褒めてくれた。それに職場では私に話しかけてくれる人が多い。
お友達も出来た。
私が初めてここを訪れた時に受付をしていたゼッピアは私を色んな場所に誘ってくれる。
「一度も観劇をしたことがない? なら一緒に行きましょう」
家族たちがそういうものを見て楽しんでいたことは知っている。だけど私は劇というものを見たことがなかった。家族がそこに出かける際はいつも留守番をしていたから。
だからそうやってゼッピアに誘われて、不思議だった。一緒に見に行った観劇は楽しかった。
「……好きな食べ物が分からない? あなた、今までどういう生活をしてきたの?」
好きな食べ物と言われてもぴんとは来なかった。私の食べるものは実家でも嫁ぎ先でも基本的に与えられるものだった。自分で食事を作る際も余ったものを使って作っていただけだった。だから食事に対する特別な思いはなかった。
ゼッピアはそんな私にもったいないと口にして色んなものを食べに連れて行ってくれた。実家で家族と食事をした時とも、嫁ぎ先で夫と食事をしていた時とも違った。どちらかというとラウレータと一緒に食事をしていた時のような穏やかな時間だった。
友達と食事をするのはこういう楽しさがあるのかと驚いた。
私がゼッピアのことを初めての友達だと言えばまた驚愕される。
「クレヴァーナは本当に……今まで普通じゃない環境で生活をしてきたのね」
「そうかしら?」
「そうよ。そもそもあなたみたいに綺麗で有能な魅力的な子と誰も友達になりたがらなかったなんて信じられない!」
そんなことを言われたけれど、そんな風に言われるほどではないと思う。
確かに一般的に見て私は外見が整っているらしいというのは、周りが言っていたから知っている。
前の夫の部下も「外見だけはいい」と私のことを口にしていた。だからこそ見た目がいいからと悪妻に惑わされることがないようにと注意していた。夫の部下たちは私が彼に近づきすぎると惑わされると思っていたらしかった。だからこそ、六年もあった結婚生活の間で共に過ごした時間なんて本当に短かった。
「クレヴァーナは本当に綺麗なのよ? 絹のように美しい銀色の髪も、煌めく薄黄緑色の瞳も、全て完璧な美しさだもの。眼鏡をかけていてもその美しさは損なわれないわ」
「あ、ありがとう、ゼッピア」
素直にこんな風に好意的に外見を褒められることなんて娘からの言葉しかなかった。私が人前に出ることはほとんどなかった。必要最低限外に出た時だって、私の噂を知っている人ばかりだったから純粋な言葉ではなかった。
働き始めて新しいことばかりで、私はなんだか新鮮な気持ちになっていた。