女性が生きやすい環境づくり ⑪
「お母様、何をしているの?」
私が椅子に腰かけ、作業をしているといつの間にかラウレータが部屋の中へと入ってきていた。
夢中になっていて、気づいていなかった。
私はモートナさんの一件が片付いた後、屋敷でこれから進めたいことを纏めていた。それが形になるかどうかは分からないけれど、提案をすることは重要だと思っているもの。
「これから実現したいことを纏めていたの」
「実現したいこと?」
じっとこちらを見るラウレータは可愛らしい。
「ええ。ラウレータ。私は最近、ある貴族夫人の元へ行っていたでしょう?」
「うん。お別れしようとしていたって聞いたの」
「ええ。そうよ。彼女は旦那さんと別れて、新しい一歩を踏み出そうとしていたけれどそれが少し難しい状況だったの。世の中にはきっと、同じ状況の人が沢山居ると思うわ」
私はラウレータに分かりやすいようにかみ砕いてそう告げる。
私はやりたいことがあると、屋敷を開けることは度々ある。モートナさんの一件で、しばらく出かけていた。その間ラウレータには少し寂しい思いをさせてしまったから、娘との時間を大切にしないと。
「そうなんだ。お母様はその人達をどうにかしようとしているの?」
「そうね。この国は女性が前に出て働いていて、私がこうしてこの国のために頑張ろうと動いている働きを認めてくれているわ。だけれども……女性にとって、自立するのが難しい面がどうしてもあると実感したの」
私はそう口にしながら、ラウレータの頭を撫でる。
ラウレータはその年頃の子供にしては頭が良い方で、大人びている。とはいえ、少し分からなかったらしい。
「ラウレータ。貴族の女性というのは、家同士の関係性もあって初対面の相手と結婚をすることも珍しくないの」
「お母様とお父様みたいに?」
「そうね。それで上手く行かないことも沢山あるわ。そして結局結婚生活が上手く行かなかったとしても、離縁をすると女性の方が一方的に悪いとされることも多いの。それがどんな理由だったとしてもね。それに貴族の当主は離縁してもどうにでも生きていけるけれど、離縁された貴族の女性となると……その先の生活が難しくなるのよ」
「お母様が、悪く言われてたみたいに?」
「私の場合は……元々からだからそれとは少し違うけれど……。そうね。私自身が離縁しているのもあって、そのこと自体で片方だけを悪く言うなんておかしい事だと思うわ。夫婦間のことなんて、結局本人同士でないと分からないもの。だから、そうね……。離縁すること自体が悪いことではないというのを世間にとって当たり前のことにはしたいなと思うわ」
私とモートナさんだと状況が違う。元々私はあることないこと噂をされていて、その延長で離縁された後も同じように噂されていた。だけど一般的に最初にそういう噂を流されていないにもかかわらず、離縁した途端に女性の方が悪く言われたりする。そういう理不尽なことをされると、一瞬反論も出来なくなってしまうものだと思う。
特に周りから自分の行動を否定され続けたら、それに歯向かう自分が悪いような――そんな感覚にだってなるだろう。
正直、それっておかしいというか、モートナさんのような人が自分のやりたいことをするのを憚る状況にあるのは嫌だなと思う。
……私は誰かが何かをしようとするその背中を押したいとそう思っている。けれど一番の理由は私がそうしたいからなのだと思う。人のためとか、そういうことが第一ではなくて私がそういう環境を作りたいと思っているから。
「そういう、お母様がしたいと思っていることってどうやって叶えるの?」
「意識を変えることが一番重要だわ。そのために少しずつ、私自身の影響力を使うのよ。あとは国として、仕組みを生み出すことね」
「仕組み?」
「ええ。例えばラウレータが何か困ったことがあった時に、どうやって動いたらいいだろうかと悩むことがあったとするでしょう?」
「うん」
「その時にどうしたらいいか分からなかったり、これから自立しようとしても衣食住を確保できなかったり――そういうこともあるかもしれないわ。例えば一緒に暮らしている人に暴力を振るわれていて、お金も奪われていて……自分ではどうしようもないという状況もあるかもしれない。そうなると必要なのは、そういう人たちを手助けする仕組みね」
ラウレータは私の話を黙って聞いている。真剣な表情を見ていると、思わず口元が緩む。
ラウレータは難しい話だろうと、私の話をこうしていつも聞いている。真面目というか、そういう一面も可愛いなと思っている。
「特に平民だとどう動いたらいいか知らないなんてこともあると思うの。そういう人たちにどうしたらいいか教えられる環境も必要だわ。これからどうやって生きていきたいかを相談できる施設もあったらいいなとそうも思うわ。あとは、そうね……。寮のような施設を作るとか」
「お母様は凄いね!」
私が次々と、こうした方がいいのではないかという意見を口にしていたらラウレータにそんなことを言われる。
「凄い?」
「うん。だってお母様、どんどんこうした方がいいって案を出しているもん。私、話を聞いても全然そういうのを思いつかなかった。だからお母様ってやっぱり凄いなと思ったの」
ラウレータにそんなことを言われて、私は思わず笑顔になった。




