女性が生きやすい環境づくり ④
「そうなのね。……それは大変だわ。だから、貴方は離縁をしたいの?」
私は一先ず、モートナさんの言葉を受け入れた上で問いかける。
「はい。私は……結婚したのだから、妻なのだから我慢しなければいけないとずっと思ってました。私の話を聞いてくれなくて、夫が全て決めることも。私のことを決めつけて、こうあるべきと押し付けられるのも」
よっぽどモートナさんは不満がたまっていたのだと思う。
「それに……子供たちにとっても悪影響なのです。私には息子と娘がいますが、特に長男が夫の影響を受けてしまいそうで……私は母親として息子が夫に似たように育つのは嫌だと思っておりますの。後々、誰かと結婚をするにしても夫のように成長してしまったら奥さんになる方に迷惑をかけてしまいますもの。私は……もし息子が夫と同じようになってしまったら許せないと思うの」
私は娘しかいないけれど、可愛いラウレータの相手がそういう存在だったらと脳内変換して考えてみる。
大きくなったラウレータはきっともっと綺麗で、可愛くなるだろう。
そのラウレータが夫になった相手に蔑ろにされたら――うん、私は許さないわ。娘を苦しめる相手がいるなら徹底的に調べ上げて、どれだけ周りに対して良き夫を装うことが出来ていたとしてもラウレータがそんな相手と結婚したら絶対に救い出そうとするとは思う。
私も子供がいるからこそ、モートナさんの気持ちはよく分かる。
「気持ちは分かるわ。自分に息子が居て、もしそんなことになってしまったらと考えるだけで恐ろしいもの。それに娘がそういう相手と結婚することになったらと考えると嫌だもの」
「ふふ、そうですわよね。私もそう思います。クレヴァーナ様は……私の言っていることを信じてくださるのね。夫は外面がとてもよろしいので、信じてくださらない方が多いのに」
「私は伯爵のことも、モートナさんのことも詳しく知っているわけじゃないもの。それに例えモートナさんの言っていることが偽りだったとしても、何かしら離縁をしたいだけの理由があるのならば私はちゃんと、モートナさんの言葉は聞きたいと思うわ」
会話を交わさなければ分からないことというのは確かにある。
それだけの決意を持って行動を起こしたのならば、私はそれを否定したくない。私自身を証明し続けると決めた時に、カウディオが私の背中を押してくれた時のように――私は誰かの決意は否定したくない。
「本当にクレヴァーナ様は私が思った通りの方だわ。私……クレヴァーナ様の頑張りを見て、余計に離縁をしたいと思ったの」
「そうなの?」
「ええ。だってクレヴァーナ様は祖国で大変な状況にあって、自分がその状況だったら同じように出来たかと考えると出来ないと思うの。逆境の中でも耐え忍び、そしてカウディオ殿下の傍で美しく咲く花――とても素敵ですわ。私は正直、結婚した後の貴族の女性が離縁をするなんて現実的ではないと思いました。それにもう若くないから、私が何かしたところで変わらないと。だけど……クレヴァーナ様は何歳になっても、どんな状況でも行動さえすれば変えていくことが出来ると示してくださいました」
真っすぐに私の目を見て、モートナさんが告げる。
結局のところ、自身が何をしたいかという小さな望みがあったとしても――自分では何もできないと諦めてしまっていれば変わるものも変わらない。ただどうありたいか、口にするだけでもどうもならない。それを越えられない人はきっと沢山いる。
離縁されて、そして自分の意思で選択しなければならない状況で私は戸惑い、皆、こんなふうに選択をし続けてきたんだと驚いた。そしてスラファー国で、選択し続けて生きていく中で様々な人と出会ってきた。
何かを成し遂げたいと言う人に、例えば進めればいいと背中を押したとする。だけどそんなに簡単なことじゃないと言い放ち、リスクを考え、結局行動しない人もいる。
けれどモートナさんは、その一歩を踏み出し、越えている。
それだけでも私にとっては、素晴らしいことだと思った。
「そんな風に言ってくれてありがとう。私は周りから否定されたとしても、自分の意思で踏み出した貴方のことを尊敬するわ。そして私は……出来れば貴方の新しい第一歩を手助けしたいと思ったの。上手くいくかどうかは分からないし、もしかしたらモートナさんの想像しているような未来とはまた違うものになるかもしれないわ」
私がそう口にすると、モートナさんは期待したような目をこちらに向ける。そんな彼女に私は続ける。
「今、此処が分岐点と考えて欲しいの。もし未来を想像して、貴方や子供達にとって悪影響ばかりが起きると思うなら立ち止まって、離縁をせずに伯爵を改善していくという道も選べるわ。でも貴方がこれから降りかかるであろう困難も全て理解した上で今までと違う人生を歩みたいというのならば、私は貴方の背中を押したいとは思うの。だけどすべてを手助けは出来ないわ。モートナさん自身の考えで、生きていけるようにしたいと思っているの。だから、どうするかよく考えて欲しいわ」
甘いことばかりを言っていても、モートナさんのためにはきっとならない。
新しい一歩を踏み出せば、それだけ全ての環境が変わっていく。その中で大変なことも沢山あるだろうから、覚悟を持って決断してもらわなければならないと思った。
私は唖然としているモートナさんに、「また数日後に来るから」と言ってその日はその屋敷を後にした。
モートナさんがどういう選択肢を取るかは私には分からない。
どうする方がいいとか、ああするべきとか、そういうことを勝手に決めつけて発言するわけにもいかないから。
だから、私は彼女の返答を待つだけである。




