女性が生きやすい環境づくり ③
「私はクレヴァーナ・スラファー。貴方とお話がしたくて此処に来たの。中に入れてもらってもいいかしら?」
私は別館へと顔を出す。
周りの侍女達は「奥様はそのような声掛けでは出てきません」と口にしていたけれど、私の名を聞いたからかすぐに扉を開けてくれた。
「クレヴァーナ様!?」
驚いたように私の名前を叫ぶように呼ぶ。
亜麻色の髪と、青い瞳の、どちらかというと可愛らしい見た目の女性だった。私とは正反対で、庇護欲を誘われるようなそういう雰囲気。
一目見ると、離縁なんて自分から言いだすようには見えないけれど――こういう女性が離縁を言い出すような何かがあったのだろうなと思う。
部屋の中は真っ暗だったのだけど、私を中に入れてくれると同時に灯りをつけてくれた。そしてキラキラした目で私を見ている。
私よりも年上のはずだけど、可愛いなどと思ってしまった。失礼にあたるかもしれないので、口には出さなかったけれど。
「クレヴァーナ様がどうしてこちらに? 私、いつかクレヴァーナ様に会ってみたいと思っていたのですわ」
「相談を受けてきたの」
そう口にした途端、夫人――モートナさんは表情をがらりと変える。
「……クレヴァーナ様も、私に離縁なんてやめるべきだと言うのですよね? 分かっておりますわ。離縁したところで、大変な事態にしかならないことも……」
まるで彼女は、私が離縁を止めに来たのだろうと決めつけている様子だった。離縁を言いだしてからきっと周りの人たちに散々そんなことをやめるようにと言われ続けたのかもしれない。
自分の意思が固まっており、何が何でも成し遂げようと決めていること――それを周りに頭ごなしに拒絶され続ければ、その分、気分も落ち込むことだろう。
……目の前の様子を見るに、もしかしたら誰一人彼女の言い分に賛同しなかったのかもしれない。
私は安心させるように、モートナさんへと笑いかける。
「いいえ。私は離縁をやめるべきと言うために来たのではないですわ」
私がそう口にすると、驚いたように彼女は私をまっすぐ見ている。私が笑いかけると、ぼっと顔を赤くした。
「私は確かに説得するようには頼まれたけれど、貴方の話をきちんと聞いた上で言葉をかけたいと思っているの。離縁を考えるのなんてよっぽどのことでしょう? ただ私は貴方の言葉を聞いた上でやり直す道の方が良いと判断したら望まない言葉をかけるかもしれないけれど、それは構わないかしら? それが嫌だというならこのまま帰ってもいいわ」
私は無理強いするつもりはない。
それに嘘を吐くつもりもなく、素直にそう口にした。
あくまで私がどう思うかは、彼女の話をきちんと聞いた上でしか分からない。私から離縁しない方がいいという言葉を口にされるのが嫌ならば、このまま何も聞かずに帰る選択も検討している。
モートナさんは少し考えるような仕草をした。
だけど、
「……私はクレヴァーナ様に話を聞いていただきたいですわ」
そう口にした。
それから私はモートナさんとベッドに並んで座って、話を聞く。他の人には聞かれたくないだろう話を初対面の私にしてくれるのは……私に憧れているからか。それともどちらかというとモートナさん達夫婦を詳しく知らない人に話を聞いてほしかったのか。
どちらにしても私はきちんと話を聞いた上で、自分の考えを口にしようと思った。
「私と夫の結婚は政略結婚でした。私の両親が決めたもので、結婚式を挙げるまでほとんど夫と会うことはありませんでした」
モートナさん達夫婦は、よくある政略結婚らしい。王侯貴族にとってそれは珍しくもない話だろう。
「婚約期間中の夫は優しくて、こまめにプレゼントもしてくださいました。手紙でのやり取りもして、私は……この結婚が楽しみでした」
「そうなのね。それがどうして離縁を望むように?」
私と元夫は、結婚前に実際に会ったり、交流を持ったりはなかった。だから事前にそういう交流をした上で、結婚を楽しみに出来るのは素敵なことだとは思った。
とはいえ、今のモートナさんは何かしらの決意を持って離縁したいと口にしているのだ。
「……結婚したら、夫は私のことを自分でどうにでも出来る所有物のように思っているようなのです。手に入れたら、そういう思考になるタイプだったようで……」
「所有物?」
「はい。貴族家であるなら当主の意見が優先されることは当然ですわ。それでいて当主が決めたことが絶対の場合も多いことも存じています。それでも……出来ればそれは嫌だと私は思っていましたの。夫婦なのだから、話は聞いてほしいと。婚約期間中の夫は私の意見を尊重してくださっていましたの。でも……結婚した後は別人のように変わってしまったわ」
モートアはそう口にして、暗い表情を浮かべている。




