面接を受けてみる
「クレヴァーナさんは凄いですね。あそこの筆記試験に受かるだなんて」
そんな風に言われて、嬉しくなった。
私は本が友達で、誰かに勉強の成果を見せることは全くなかった。だから誰かにこうやって褒められることなんてなかった。
なんだかこうして褒めてもらえると、いつも一人で本を読んで勉強をしていた結果が出ているのかなと心が温かくなった。
面接のために図書館を訪れることになった。
「面接を受けにきたクレヴァーナです」
私が図書館の受付の女性にそう告げると、何故か驚かれた。
「そう、あなたが……」
そんな風に言われてどうしたのだろうと不思議に思う。私は何かしてしまったのだろうか。
「何かありましたか?」
「いえ、なんでもないです。それで面接は――」
そう言って面接の行われる場所を笑顔で教えてくれた。その女性が私の後姿を見ながら「あんな若い子があの試験で好成績を収めるなんて……」と呟いていたのを私は知らなかった。
面接の行われる場所は、魔術によって拡張された会議室のような場所だった。
私の面接をしてくれる人は、私よりも十歳ほど上であろう男女の二人だった。二人とも興味深そうに私のことを見ていて、少しだけ緊張する。
だけど緊張していても仕方がない。筆記試験を通っただけでも良かったのだと自分の心を落ち着かせる。
あとは娘の可愛い姿を思い起こして、気分を和らげた。
「クレヴァーナと申します。よろしくお願いします」
私はそう言って礼をして、椅子へと腰かける。
これからどのようなことを聞かれるのだろうかと、少し落ち着かない。
「クレヴァーナさん、ようこそ。私は面接官のルソア。そしてこちらがコルド。貴方にいくつか質問をさせてもらうわ。答えられる範囲で良いから答えてくれるかしら?」
「はい」
私が頷くと早速質問が飛んでくる。
「あなたは隣国からやってきたのよね? 特別な教育を受けたことはなかったと書いてあるけれども……学園にも通ったことがないということかしら?」
「はい。私は学園に一度も通ったことはありません」
私がそう答えると、何故かルソアさんとコルドさんは驚いた顔をする。
「本当か? あれだけ好成績を収めておいて? 良い家庭教師でもついていたのか?」
そんなことをコルドさんに言われて、私の方が驚く。
「家庭教師なんて一度もついたことはありません」
「……なら、どうやってこれだけの勉強を?」
「本を読みました。それで一人で勉強しました」
どうやって勉強をしてきたかと聞かれてもそれだけしか答えられない。寧ろそれ以外のことなんて出来なかった。
「本を読んできただけ? それであれだけの言語が分かるようになったの? 試しにちょっと話してみない?」
「大丈夫です」
私がそういうと、とある民族で使われている言語で自己紹介をするように言われる。
『私の名前はクレヴァーナと言います。つい先月、二十四歳になりました。私の趣味は読書で、本を読むことはとても楽しいです』
『本を読むことが好きなのね? 好きな本は?』
それにしてもルソアさんは流ちょうに言葉を発していて凄いなと思う。私はあくまで知識として知っているだけで発音は上手く出来ていないと思う。実際に使ったことはないから。
だけど単語や文法は知っている。
『私がお気に入りの本は、『大陸の挨拶辞典』や『姫様の憂鬱』とかですね』
『クレヴァーナさんは色んな本を読むのね? 小説などもよく読んでいるの?』
『はい。読んだことがない本があれば気になって読んでしまいます。辞典系の本は知らない知識を多く身に着けることが出来て、読んでいるだけで楽しい気持ちになります。特に挨拶というのは言語にとっての要だと思っています。挨拶を一つ知っているだけでもその言葉が話されている地域に行った際に人と交流を持つきっかけになるのではないかと想像していました。小説に関しては、自分自身が経験した事のないことを文字で読むことで想像が出来て、それだけでも私にとって旅先に赴いたようなそんな気分になります』
私はずっと、限られた世界で生きていた。だから小説を読むと自分の知らない世界へと旅立っているような気分になる。だから勉強じゃなかったとしても楽しいと思った。こうして故郷の外へと飛び出したのも初めてだから、今も凄くドキドキしている。
『そうなのね。クレヴァーナさんは独学でこれだけ喋れるのは凄いわね。では他の言語をやってみましょう』
そう言って、ルソアさんは別の言語でしゃべり出した。ルソアさんはこうやって他の言葉を喋れるのだなと感心した。
そしてそれから私はルソアさんと一緒に様々な言語でお喋りをした。
こうやって誰かと深く話をすることがそもそもあまりなかったから、それだけでも嬉しかった。その過程で離縁したことと、子供がいることを語ることになり「あなたも苦労しているのね……」とそんな風に言われた。
「俺はお前たちの話している言語が一部しか分からなかったが……まだ若いのに凄いな。そういう仕事をしていたわけではないのだろう?」
「はい。実際に喋ったのは初めてです。こうやって勉強したことを披露する機会がなかったので、面接と言う場で喋れて楽しかったです」
故郷では私の話を聞いてくれる人はいなかった。私に同情している人たちも、結局私と話していると周りから何を言われるか分からないので喋ってくれる人はほとんどいなかった。
――だから、こうやって披露出来ることが嬉しい。
「それは良かったわ。じゃあ、次に質問だけれどどうしてここで働きたいと思ったのかしら?」
「昔読んだ本で、この図書館について知りました。私はずっとここに来たいと思っていました。中々それが叶わなくて、ようやく来れた際に職員募集を見かけたので、運命のように思えました。私はまともに働いたことはまだないです。だから上手く出来るかどうかはわかりません。でもここで働きたいと思っている気持ちは本心です」
私がはっきりとそう言ったらルソアさんとコルドさんは笑ってくれた。
それからしばらく話して、私の面接は終わった。