女性が生きやすい環境づくり ①
「……とある貴族夫人が離縁をしたがっているのを説得してほしい?」
私、クレヴァーナはある日、知人の貴族からそのようなことを言われた。
私は喋ったことがないけれど、その貴族夫人は嬉しいことに私に憧れを抱いてくれているらしい。なんというかそれだけでも本当に嬉しいことよね。
自分のことを慕ってくれている人たちがいるというだけで何というか、もっと頑張ろうってそういう気持ちになる。
陛下たちも含めて周りは、私に期待している。それこそ、私自身が思っているよりもずっと――私がこれまで自分の証明のために動き続けたことはそれだけこの国にも、そして他国にも大きな影響を与えていることだから。
その期待に応えられなかったら、また周りの目は反転したりするのだろうか? と少し思ったりするけれど、そういうのは気にしないことにする。私はただ自分のやりたいように、私をこれからもずっと証明し続けるだけだ。
「そうなんだ。これまで夫婦仲は悪くなかったはずなのだ。パーティーなどでも仲睦まじい様子を見せていた。それなのに突然、夫人が離縁をしたいと切り出したと。伯爵の言うことは聞いてくれないらしい。しかし、クレヴァーナ様の言葉なら聞くのではないかと思ってね」
そんな風に言われる。
私の場合は元夫から突然離縁を言い出されて、自分自身でそういうことを決意したわけじゃない。
だけど何だか話を聞いている限り、その夫人は自分の意思で離縁を望んでいるように聞こえる。
「……話をすることは問題ないわ。ただ、私は……彼女が自分の意思で離縁を決意して、それが揺るがないものであるなら離縁をしないように説得は出来ないわ」
私がそう口にしたら、その人は驚いた顔をする。
基本的に離縁というのは悲しい別れで、それをしないで済むならそれは良いことだとは思う。
――だけど、本当にその夫人が、心からそれを望んでいるのならば否定はしたくない。
その夫人には子供もいるようだ。今、九歳になる男の子と四歳の女の子。それでいて離縁することは貴族としては傷にはなるだろう。……離縁した後に、その夫人が生きていくことは今のままだと難しい。
でもそんなことは本人だって分かっているはずなのだ。
当たり前の貴族として生きてきたのならば、もし離縁をしたらどうなるかなんてことぐらい。
ただそれでも……離縁をしたいと望んでいるなら……うん、私はやっぱりその気持ちを否定なんて出来ない。
「私が話をすることで、さらに離縁をしようという夫人の気持ちが加速する可能性はあるわ。それでもかまわないなら、話すわ。そのあたりは伯爵にも伝えてもらえる?」
「……分かった。クレヴァーナ様は、離縁しない方がいいと判断したら止めてくれるかい?」
「それはもちろんですわ」
私がそう答えるとその人は考えるそぶりをして、そのまま件の離縁を言い渡されている伯爵に伝えに行ったようだ。
ちなみにそれらの話をカウディオにしたら、
「変なことに首を突っ込もうとしているね。何か面倒なことになったら相談するんだよ」
と言っていた。
確かにちょっとややこしいことになりそうな問題だとは思う。
「ええ。でもなんというか……私自身が夫人に会ってみたいなと思ったの。私のことを慕ってくれているらしいのもそうだけど、それ以前に貴族夫人として生きてきて……離縁を決意するのはよっぽどのことだと思うから」
カウディオは私のやることを否定しない。私が望んで関わろうとしていることが分かっているからだろう。……私はカウディオのそういう部分が好きだなと思う。
「後は、会う前にきちんとその方の情報を集めておこうと思うの。『花びら』達や友人達に色々聞いてみるわ」
「クレヴァーナに頼まれたら、彼らは張り切って情報を集めるだろうね」
「そうかしら? でもあくまで事前情報は頭に留めておく程度にするつもりよ。『花びら』や友人達が張り切ったら夫人の隠したい情報まで手に入れてしまうことになるかもしれないもの」
そもそも本人と接して話すことが、一番の情報収集だもの。事前に情報を集めることは、あくまでその人の情報をある程度頭に留めておこうとしているだけにすぎない。
だって私自身が一番、噂なんて当てにならないことを知っている。周りがどう言おうとも、周りがどんなふうに見てこようとも――それでも本人がどうであるかは別なのだ。
様々な情報から、この人はこうあるべきとか、そんな風に勝手に決めつけてしまう人はいる。
私自身に対してもそう。私が『王弟の愛する知識の花』などと呼ばれているからと、私を勘違いする人も世の中にはいる。実際の私と、理想の『王弟の愛する知識の花』が異なると嫌がる人もいるのだ。
そういうことに遭遇すると私は何とも言えない気持ちにはなる。
きっとそういうことは、私以外の人にも経験があることだと思う。
その夫人も……私に話を持ってきた人は、夫婦仲は悪くなかったとか、仲睦まじいとか言っているけれどおそらく離縁を切り出すだけの何かきっかけはあるのだとそう思った。




