ラウレータの世界 ⑤
お父様とキーリネッラさんの結婚式は盛大に行われていた。どうやらお母様とお父様の結婚式はそうではなく……、もっと規模が小さなものだったらしい。お父様の周りに居る人たちは感激している様子を見せていた。
それにお母様とお父様の結婚式の時の様子を思い浮かべて、比べているような声も沢山聞こえてきた。
キーリネッラさんが私の母親になることを、周りは喜ばしいことだと笑う。私がキーリネッラさんを受け入れたから、私がお母様のことを忘れると思っていたみたい。
そんなことないのになぁ。
一部の人は私がお母様のことを話そうとしただけで嫌な顔をするの。お父様とキーリネッラさんが居るから、そんな人の話なんてすべきではないと言われてしまう。
……お父様やキーリネッラさんのことを好きな人たちも私に対して悪い感情を抱いているから言っているのではない。多分、良かれと思ってこういう言葉を口にしている。
それが分かるからこそ、何とも言えない気持ち。
お母様がそういう人ではないんだよって、誰か分かってくれたらいいのに。
どれだけ周りが本当にそう思っての言葉を口にしていても、それが本当にいい事なのかって結局分からないのになぁって。
私はそんな風に、思い込まないようにしたいなぁとも思う。それと同時に悪い人でなかったとしても、こんな風に人のことを悪く言うんだなって。
私は、あんまり人のことは悪く言わないようにしたいな。その人がどういう人なのかって実際に調べてみないときっと分からないもん。
「母様って呼んでほしいわ」
キーリネッラさんがそう希望を口にする。私がそれをしなかったら悲しい顔をすることは分かっている。
だから、リネ母様と呼ぶことにした。――お母様という呼び名はお母様だけのものだから、他の人に同じ呼び名はしたくなかった。
私がリネ母様と呼ぶことにすると、周りは嬉しそうな顔をする。
お父様も、リネ母様も、そしてその周りもそうだ。……やっぱり誰一人、お母様を気にしていない。私はただお母様のことを思い出しては、絵に描いたり覚えたての文字で思い出を書いたりした。
……リネ母様は、「私が本当のお母さんになるから、沢山良い思い出を作りましょう」と言って笑う。
私のことを思いやって、言っている言葉。私のことを大切には思ってくれてはいると思う。だけど、私がお母様を忘れるのが一番だと本気でそう思っている。
お母様と会えない時間が続けば続くほど、私は……お母様のことを思ってしまう。
お母様へ、送ることのできない手紙を書いたりする。もし……お母様に会えるのならば、渡したいなとそう思って。
お母様が何処にいるか分からなくて、手紙の送り方も私だけじゃ分からない。
それでも誰にも吐き出せないことを書いたりした。
その手紙は少しずつたまっている。
新しく屋敷で働き始めた侍女の一人にその手紙が見つかった。内容も見てしまったらしく、私がお母様を恋い慕っていることを知ってしまった。
でもその侍女は……私がお母様を好きなことを否定しなかった。私はそれが嬉しかった。
働き出したばかりで、まだ若いその侍女は……お母様の噂を聞いていても実際にお母様を見たことがないし、何か嫌な噂を言うこともない。そういうのも居心地が良かった。
私はその侍女――レナリと会話を交わすのが楽しかった。
お母様の話を、否定しないから。
私が話すお母様の話を、笑って聞いてくれたから。
「お嬢様がそんな風に言うのなら、噂とは違うんでしょうね」
「うん。お母様はとても凄いの。お母様は周りが言うような人ではないの。なんで誰もそれが分かってないんだろうって、凄く不思議だったの」
「お嬢様がそこまで言うほどですか?」
不思議そうな顔をするレナリ。きっと、私が出来が良いと散々言われているから、そんな私がそういうことに驚いているのかも。
でも私からしてみれば、私よりもずっと……お母様の方が凄い。
お母様が居たから、今の私が居る。
私は同年代の人と関わったことがあんまりないから分からないけれど、大人びているとは言われる。でも私は……、お母様がもっと凄いって知っている。
「うん。お母様はね、私よりもずっと凄いんだよ!!」
私はお母様のことをそうやって誰かに自慢できることが嬉しかった。
レナリはただ、私が言ったことを受け止めてくれている。そういう人って私の周りにはいなかった。
――レナリは此処で働くと沢山お金がもらえるからって理由で働いているって言っていた。
レナリは下位の貴族の娘で、姉弟が沢山いるから自分で生活していかなければならないんだって。
私は自分で買い物をしたことなどがない。
だから私がいつかお母様に会いに行きたいって言ったら、「じゃあ役に立ちそうな話でもしますね」とそんな風に笑ってくれた。
――そしてそんな風にお父様とリネ母様とはそれなりに仲良くしながら、レナリにお母様の話をしながら過ごした。
「――お嬢様のお母様はやっぱり凄い方だったようですね」
レナリがそう言ったのは、お父様が再婚して一年ほど経ったある日のことだった。




