職員募集に応募してみる。
私は早速、翌日になってから図書館の職員募集に応募してみることにした。
この街にやってくるまでの間、お金を稼ぐために簡単な仕事は行った。でも私はそれだけしか働いた経験がなかった。だからこういうところでちゃんと働こうとしても、採用されるか分からない。
……応募条件はそこまで厳しくないことに驚いた。
様々な所から知識を求めて訪れる特異な場所だからこそ経歴問わずに合う人材を求めているというそういう形のようだった。
経歴を求められてしまったら私はどこでも働けないと思う。だって学園に通った経験もなければ、公爵令嬢と公爵夫人という立場しか経験したことがない。それに六年も公爵夫人をやっていたにもかかわらず、社交界にはほとんど出なかった。私のような存在を外に出したくないというのは実家も嫁ぎ先も共通の認識だった。
まだ社交界に出られていたのならば……私の世界も大きく変わっていたかもしれない。
職員募集に応募をするとすぐに試験や面接に進むことになった。私がこの街に家を持って居らず、宿暮らしでも応募出来て良かったと思う。
応募してから知ったのだけど、ここは倍率の高い職場だった。
この図書館は他国にまで名が広まっており、この場所で働くことはそれだけ名誉なことのようだった。私はただ本が好きだから、目指していた場所だからと言う理由でこの職員募集に応募してみたけれど……これだけ沢山の人が応募しているのならば私は働くことは出来ないのかもしれない。
それでもこうやって応募してみることは良い経験にはきっとつながるはず……とそう思っておくことにする。
それにしても応募者が多いのにずっと募集しているのは、それだけ求める人材ではなかったということなのだろうか?
私と同じように応募している人たち複数名と一緒に筆記試験を受けた。
その応募者たちには少し馬鹿にしたように見られてしまった。それは私が彼らに比べるとみすぼらしい服装をしていたからかもしれない。
公爵家にいた頃は、人前に出ている間はずっと与えられた服を身に纏っていた。特に趣味でもない高価なドレス。誰も私の好みなんて聞いてこなかった。
そして家を勘当されてからは手ごろな値段で、動きやすい服装にしている。なるべく肌は見えないように、地味な装いを心がけている。見るからに平民の服装だから、彼らにとってみればこんなところに応募しにくるべきではないと思われているのかも。
一緒に筆記試験を受ける人たちは、誰もが貴族のようだったから。
……貴族たちにとってもここで働くことが名誉になるのだろう。あとはこういう名誉職だと嫁ぐまでの腰掛にする場合もあるらしい。私はそういう情報を本からしか知らないけれど。
だって同年代の貴族たちとは、最低限に参加したパーティーで見かけた程度だったから。
こうして隣国へとやってきたのならば初めてのお友達というのも出来るだろうか? 私の噂を知らない誰かと親しくなれるのならばそれも楽しみだと思う。
そんな先の未来のことを考えて、私は楽しみな気持ちでいっぱいだった。
もしこのまま筆記試験で落ちてしまってもその時はその時と思って……、ひとまず挑もう。
そう思って私は筆記試験に取り掛かった。
思ったよりも分かる問題ばかりだった。沢山の言語の問題が並んでいて、それを見るだけでも私は楽しかった。
私はこういう試験というものを受けたことがない。
兄妹たちは学園でそういう試験を受けたことはあったと聞いたことがある。それは前の夫に関してもそうだ。学園での試験、私は受けてみたかった。
気まぐれに妹から任された課題を解いた時は楽しかった。
筆記試験の時間は長めに取られていたので量が多いのかなと想像はしていた。けれど思ったよりも多くて驚いた。
だけれども解けるだけ解くことにする。
魔術に関する問題もあった。知識として知っているだけの解答で上手く出来るのだろうかというのは不安に思った。だけどやれるだけのことはやったつもりである。
筆記試験が終わった後は一度、帰されることになった。
筆記試験を終えた後の他の応募者たちは疲れた表情を見せていた。
そんな彼らには「これだから平民は受かりもしないから平然としていていいわね」「どうせ記念応募でしょう」と言ったことを言われた。
言われた意味は全く分からなかった。
不思議に思って聞き返せば、平民の中でもこの図書館を受ける人は基本的に記念で受けている人が多いらしい。この図書館に応募して、試験を受けたというだけでも箔がつくのだとか。
私はそういうつもりはなかった。本気で働けるのならばここで働きたいと思っていたから。
それに試験の内容が私には理解できないはずだと、思い込んでいるようだった。
「分からない問題もありましたが、ほとんどは埋めました」
そう口にすると、「嘘を吐かないように」などと言われた。どうしてか私がほとんどの解答を埋めたことは信じてもらえないようだった。
よく分からないが、私はひとまず宿に戻ることにした。
顔なじみになった宿の従業員には、「難しかっただろう? 落ちても落ち込まないように。落ちる方が普通だから」などと言われた。
ここでも私が筆記試験を分からなかったはずで、落ちるのが当たり前だと思われているらしかった。
私自身は自分が受かるとは信じてはいない。でも埋められる箇所はほとんど埋めたのは確かで、言語の問題は特に自信があった。だからそれなりに良い点数は取れるのではないか……と少しは期待していた。
筆記試験の結果が出たのはその数日後だった。
私は受かっていた。